497.スーパーチート
「ここに入れば、今度こそ精霊?」
「そのはずだ。今までそうだったし、精霊とはいえ……いや精霊だからこそ、よりこの世界のルールに強く縛られている」
「ふむふむ。うーん……」
さくらはじっと扉を見つめた。
あごに手をあてて、いかにもじっくり吟味してるような、そんな仕草で見つめている。
「どうした?」
「臭うね」
「臭う?」
「いじけた臭いがする」
「そういうものなのか?」
少し不思議がって、俺も扉を見つめた。
正直、今までにあった精霊達の扉と何ら変わらない。
臭う――というさくらの言うことにはピンと来なかった。
「はっきりとそう感じるのか?」
「うん。あっでも、女の勘だから――」
「いや」
エクスキューズをたてて、「今の話はわすれて」みたいな話の流れになりかけたところを、俺は止めた。
「用心していこう」
「でも、女の勘だよ?」
「勘って言うのは、総合的な経験による瞬間判断だから」
「……そうごうてき……な?」
「マンガとかちょっと読むと先が分かるようになるだろ?」
さくらの得意なジャンルで例えてみた。
果たして彼女はすぐに食いついてきた。
「あー、うんうん、そうそう。表紙にウェディングドレスのヒロインを複数並べるとハーレムに絶対ならないよね」
「そういう勘が、実際はたくさん読んだからっていう、総合的な経験による瞬間判断ってわけだ」
「なるほどなるほど」
納得したさくら、二人して扉をみる。
「やっぱり臭うか?」
「うん、ぷんぷんする」
「いじけた臭い、だっけ?」
「そっ。こんな汚い世界なんて滅べばいいんだ……って感じのいじけ方」
「中二病やん……」
途端に、警戒するのが馬鹿らしくなってくるようなさくらの勘だった。
とはいえ、そこは精霊。
ダンジョンの全てを司り、ダンジョンそのものである高次的な存在。
「用心していこう」
「うん」
互いにうなずき合って、準備を整える。
俺は四丁の銃になるべく違う種類の弾をこめてあらゆる状況を想定し、さくらは自分のスケッチブックをパラパラめくって描いた絵を一通りチェックした。
そして――扉を潜る。
予想に反して、扉を潜ったからといって、攻撃が飛んでくるような事はなかった。
かなり平和的な感じで、精霊と対面した。
見た目は男の子、身長は150センチくらいか。
顔つきに幼さが残りつつも、長い前髪で片目を隠しているという特徴的な見た目。
見えているもう片方の目は――ほどよくいじけていた。
「ねっ」
「ああ……」
得意げにウインクしてくるさくらに、俺は微かに苦笑いした。
実際に会えば、俺でも分かってしまう。
目の前の男の子――カリホルニウムは、思春期特有のいじけた空気をプンプン出していた。
「ふん、人間の分際でここまでくるなんて、やるじゃないか」
「あはははは、なんか生意気。人間の分際だって。分際って」
さくらは腹を抱えて笑った。
気持ちはわからなくはない。
俺はどちらかといえば複雑な気分だ。
精霊の力をよく知っている。
自分のダンジョン、あるいは自分のモンスター。
それに関する事なら、精霊はまさしく神に等しい力をもつ。
その一方で、カリホルニウムのような見た目を、空気を纏っている――思春期の中学生が「分際」という言葉を使い出すことにおかしさも感じた。
「何がおかしいんだよ!」
「だって、ねえ」
「笑うな!」
カリホルニウムは激高して手をかざした。
瞬間、空間を埋め尽くす数百のゴブリンが現われた。
これだ。
今までのダンジョンで見てきた中で、最大の物量。
こういうことをさらりとやってのけるのが、ダンジョンを支配する精霊なのだ。
「やばい! 有名ラノベみたいになっちゃう!」
「いやいや……」
「いでよ! ゴブリンス○イヤー!」
「それはまずいから――ってそれネタ元のほう!」
二重にケンカを売っていくスタイルのさくら。
彼女がジェネシスで呼び出したのは、むしろ中身のない、剣と盾をもった人型の全身鎧だった。
俺の突っ込みをよそに、ゴブリンはあっという間に屠られていった。
俺がリペティションを連射するのと同じ――いやそれ以上かもしれないペースで、からっぽの鎧がゴブリンを屠っていく。
「す、すごいな……」
「ゴブリンにはゴブリンス○イヤー、どんだけいようが絶対にまけないもんね」
「そういうことでもないんだけど……いやはや」
さくらのジェネシスは、本人の認知による能力の変動が激しい。
そして、彼女はサブカルチャーの事をものすごく好んでいる。
ゴブリンにはゴブリンス○イヤー。
というのが、彼女の中にある紛れもない真実で、それ故にゴブリンはなすすべもなく一体のゴブリンス○イヤーにいいように屠られていった。
モンスターがゴブリンである限り、俺達の出番は絶対にない、という安心感を覚える。
……。
さくらを見て、思う。
ジェネシスと彼女。
相性良すぎて、なんでもアリのスーパーチートだなと、改めて強く思った。