490.さくらの思い
夜、さくらの部屋。
パジャマに着替え、スケッチブックに絵を描いているさくら。
絵を描くのが好きな彼女にとって、異世界の魔法・ジェネシスで自ら書いた絵を具現化・召喚出来るこの状況はまさに天国にいるかのような状況だ。
いまも右上に小さく、
【超】真なる栄光の右腕・改
とタイトルした絵を描き続けている。
タイトルのちゃんぽんっぷりから、既に改良に改良を重ねてきた物だとわかる。
ジェネシスが召喚する絵は、「本人が自認する出来映え」次第で性能が変わってくる。
通常であれば、一枚の絵にどれだけ加筆修正しても、あるいは書き直したとしても。
せいぜいが90点から99点へ、奇跡が起きて100点にようやくなるというものだ。
しかしジェネシスと、それに適性のある人間の場合。
100点を超えて、200点、300点、400点と。
本人の、いい意味での自己満足度で性能が上がっていく。
だからさくらは、夜のサロンが解散した後は、ずっと自分の部屋で絵を描き続けていた。
コンコン。
そこに訪客が現われた。
「はーい、だれー?」
さくらは顔も上げず、声だけで応答した。
「あの……エルザです」
「んん?」
ドアの向こうでエルザが名乗ると、そこで初めてさくらは顔を上げた。
そのまま斜め上に視線を向けた思案顔をして、にやりと口角を片方持ち上げた。
「あいてるよ、どーぞ」
「えっと、こんばんは」
まだ加入して日が浅いさくらに対し、エルザはまだ壁を感じさせる振る舞いでドアを開けて、部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
「えっと……その……」
エルザはもじもじして、言いよどんだ。
「指輪の事?」
一方のさくらは実にサバサバした感じで、予想した本題を直接切り出した。
「う、うん。そう……」
「まああれはとりあえずって事で。おじさん鈍いから、指輪をもらっても何も変わんないと思うけど」
「ううん、それでも……ありがとう」
「どーいたしまして」
さくらはニカッ、と笑った。
彼女が誘導したこと。
物欲しそうにしていたエルザ、平然を装っているが実は同じようにって感じのイーナ。
その二人に、上手いいいわけをつけて、亮太から指輪をプレゼントするように誘導した。
「イーナさんは来てないの?」
「イーナ? どうして」
「ううん、きてないならいいんだ」
エルザにも本心を隠しているな、とさくらはさっと理解した。
「あの……」
「え? なに?」
「どうして、協力してくれたのですか?」
「異世界とチーレムはセット、そうじゃないのをみてるとむずむずするんだよね。ナントカハーレム異世界編ってタイトルつけてるマンガの癖に、二巻までやってもハーレムのハの字もないのとか見てるとムズムズするのと同じ」
「は、はあ……」
戸惑うエルザ。
こっちの世界の人間である彼女には、さくらの言うことがまったく理解できないでいる。
「だから、おじさんの背中をおしたげてんの。そうしないとさ、せっかく異世界でチートもってるのにもったいないじゃん?」
「えっと……」
「ごめんごめん、まっ、あたしの趣味のためだよ、って意味」
「そ、そうなの……」
ますます困惑してしまうエルザ。
その困惑を振り払うためにも、彼女はあらかじめ持ってきていた質問をさくらにぶつけることにした。
「あの……リョータさんのこと。どう思ってるんですか……?」
「んん? あたしがチーレムに入るかどうかって事?」
「えっと……えっと……?」
「あはは、ごめんごめん。ハーレムにはいるのかってことよね」
「あっ、うーん……うん」
「こういう時に使う名言があるんだ」
「名言?」
「撃っていいのは、撃たれる覚悟が有るやつだけだバーイ邪眼童貞」
「???」
ますます、ますますますます困惑するエルザ。
前提知識の事もさることながら、彼女とさくらは根本からして違う人種だ。
「つまり、ラブはまだないけどライクでもハーレムに入れるよって事」
「……えっと」
そのため、さくらとしてはその都度かみ砕いて説明しているが、エルザはまったく理解できないでいた。
さくらはそういう反応になれていた。
いままで彼女のまわりはそういう反応ばかりだった。
「つまり、仲間としてエルザさんの応援をこれからもするって事」
「あっ……」
ぽっ、と頬を染めるエルザ。
「えっと、ありがとう……?」
「どういたしまして」
とりあえずは話がまとまって、エルザは半ば逃げるようにしてさくらの部屋から退散した。
それを見送った後、さくらは平然と絵描きに戻る。
「この子を早く仕上げないと。チーレムにするには力が必要だもんね」
さくらは、亮太とは違う意味で、この世界を満喫していた。