487.信用
ハセミにある、「金のなる木」本店。
その、貴賓室。
そこに入った俺は、ソファーに体をしずめるなり、胸の中にたまった空気をまとめて入れ換えるかのように吐き出した。
肉体的な疲労はプルンブムのところでの十五分仮眠でバッチリ取れるが、その分高速回転をする事で、精神的な疲労は普段よりもたまる。
体力がHPなら、こっちはMP消耗って感じだ(ステータスとは関係なく)。
ちなみに一番MPを消耗するのは、新人サラリーマン時代の上司にやられた「それくらい自分で考えろ」からの「勝手にするな分からないことは聞け」のコンボだ。
それが100なら、今日のMP消耗は1ってところだから、全然余裕だ。
「お疲れ様。はい冷たいお茶」
「ありがとうイーナ」
「どういたしまして」
イーナは運んできた冷たいお茶を俺の前に置いて、トレイを持ったまま向かいに座った。
「ごめんね、今集計してるからちょっと待ってて」
「大丈夫だ。終わったら一緒に帰ろう」
「ええ……ねえリョータさん」
「ん? どうした」
「あの金を使った方がはやいんじゃないの?」
「あの金?」
「ほら、バナジウムの借地代の為に作った口座、そこに入れたお金」
「あぁ……」
その事か、と俺は静かにうなずいた。
人間に怯えているバナジウムのために、俺はバナジウムダンジョンを借り上げた。
ダンジョンは精霊の物――というより精霊そのもの、ある意味体の一部なんだが、ダンジョンはこの世界で「社会」に組み込まれてしまっている。
それをどうにかするには金を出すしかない。
だから俺は、ちゃんとした相場である、年間十五億を払って、バナジウムダンジョンそのものを借り上げた。
「あの口座の金を使えってのか」
「ええ、まだ半分くらいは残ってるし、少し使っても大丈夫のはずよ」
「いや、あれには手をつけない」
「どうして?」
イーナは純粋に疑問だという顔で俺を見た。
そういえば、口座を作ったり金を移動したりする事務的な事はイーナとエルザに任せたけど、説明はしてなかったな。
「バナジウムの借地――まあ家賃だ、それを一年分まとめて、別の口座を作って入れておいた」
「ええ」
「それは、向こう先一年何があっても、すくなくともバナジウムは大丈夫にするためだ。例えばさ、その処置をしないで普通にやってると、今まで払った分と、今回の件で使った分で――俺の持ち金はほぼすっからかんになるよな」
「そうね。でもリョータさんなら――」
「ここで、俺が病気になったら?」
「え?」
「病気じゃなくても――そうだな、どこかの精霊につかまって、数ヶ月精霊のところに閉じ込められたら?」
「……」
「そうするとバナジウムをまたトラウマに晒してしまう事になる。だからこそ一年分先においておくんだ」
それに……家賃の滞納ってのは、結構心に来るものなんだ。
もちろん法的に一ヶ月かそこら滞納したところですぐに追い出される事はないが、催促された時のあの申し訳なさ。
そして足元のおぼつかなさってのはものすごく心に来る。
MPでいえば――99%の割合ダメージに近いものがある。
あんなのはもう……いやだ。
……まあ昔の事はそれとして。
「だからあれには手をつけない。あれはバナジウムとの約束そのものなんだ」
約束は破らない。
破らないから、信じててもらえる。
「……もう」
イーナは軽くため息をついた。
しかし笑顔だ、悪感情は感じられない。
「今の話……今の表情、エルザが来てからするべきだったわね」
「ああ、エルザもそう思ってたのか。じゃあ後で説明するよ」
「そういうことじゃないのだけどね」
イーナはまたため息をついた、今度は何故かちょっとだけあきれが入ったような、そんな感じのため息。
「え?」
「二回目以降だとドキドキ感が薄れるのよね、見る方が初めてでも」
「???」
「演劇は初日の公演を見に行きたい派なのよ、私は」
「はあ」
よく分からないけど、何か彼女の矜恃に触れたみたいだな。
「分かったわ、後は任せて」
「任せてって……なにを?」
「人数分の石は絶対に確保する。お金があっても物がなければ意味がないでしょう」
「ああ……そうだな。頼む!」
「だからその表情……ああもう!」
イーナはまたまた苦笑い、そして自分の頭をペチッと叩いて、たちあがって部屋をでた。
よく分からないけど……イーナがそう言うのなら安心だ。
彼女達こそ、仕入れに関しては絶対な信用がおける。