479.目利き
「例の石、値段が高騰しているようだ」
シクロダンジョン協会会長室、指輪の事を相談しに来たら、それを最後まで聞いたセルは神妙な顔してこんな事を言い出した。
「高騰? って、どれくらいなんだ?」
「一つ……五千万ピロ」
「なっ――!」
これにはさすがにびっくりした。
この世界の物価は「円」とほぼ同じだ。
130ピロもあればジュースは飲めるし、1000ピロ出せばちょっといいラーメンは食べられる。
五千万ピロともなれば、街中で一戸建ては余裕で買える程の値段だ。
「なんでまたそんな事に。希少価値があるのは分かるけど、使い道が」
「どうやら、マーガレット姫が原因のようだ」
「マーガレットが?」
「彼女がまわりの人間に嬉しそうに話していたそうだ。あの石のおかげで、サトウ様から嬉しい言葉をかけてもらえた、と」
「嬉しい言葉……」
というのは、あれのことかな?
協力してもらった後、「俺と似てる」って言った後、マーガレットが嬉しそうな顔で逃げ出した。
それの事なのかもしれない。
「その過程でサトウ様とダンジョンを攻略した詳細をノロケ――もとい、自慢のように話したら、その事が急速に広まったのだ」
「広まった? なぜ」
「彼女は有名人、そしてアイドルである。コアなファンが、空気箱などの出荷、作成日付から、彼女のプライベートを推測することが日常的に行われている」
「あっ……」
そういえばそうだった。
マーガレットと出会った時から、彼女はそうだった。
この世界のモンスターは、例え「外れ」でも、水か空気をドロップする。
それを利用して、マーガレットが倒したモンスターで「空気箱」を作って売っていた。
それほどの有名人で、それほどのアイドル。
「それで広まったのか」
「うむ。何せ、新年や恋人の日などのスケジュールを把握して、未だに生娘であるかどうかまで監視されているのだからな」
「そこまでやってんのかよ!」
どこの世界も熱狂的なファンは考える事が一緒だな。
「拡散力だけでいえば、マーガレット姫はサトウ様のそれを上回る。その上対象がサトウ様だ。あの石と、フェルミウムの券を使えば見た事のないアイテムがドロップする。となれば――」
「高騰するのもやむなしか……」
セルは静かに、深くうなずいた。
まあ、分かる。
あの石を使ってドロップさせた指輪の効果は素晴らしくて、実際に知っている俺でも5000万は「ちょっと高いかも」っていう程度の感想だ。
知らなくても、品薄+期待値込みなら、これくらいの値段になっていてもおかしくない。
「しかしすごい話だな、一つで五千万ときたもんだ」
「サトウ様だからこそという面が大きい。他の人間がやっただけならここまでにはならなかっただろう」
「そうなのか?」
「サトウ様の信頼度の高さがそのまま値段に反映された形だ」
「嬉しいやら困るやら、だな」
俺は困った顔で苦笑いした。
「ふむ、更に入り用というわけだな」
セルは俺の反応からそれを読み取った。
「ああ。もう一つだけ欲しい。だからその値段じゃ困るんだけど……」
俺は少し考えて、決めた。
「五千万でいい、一つ手に入れてくれ」
「サトウ様から代金など――」
「五千万は高すぎる、さすがにただでもらうわけには行かない」
単に希少ってだけなら別にいいんだけど、高い値がついてしまったんだ、ただでもらう訳にはいかない。
今の俺なら払えない金額じゃないし、ちゃんと払うべきだろう。
「……で、あれば。サトウ様、一つ提案なのだが」
セルは少し考えて、真顔でいった。
「提案?」
「うむ。サトウ様のファミリーは、全員財布が別々だと聞いている」
「ああ」
これは、俺が意図的にそうしている。
この世界にやってきて、テルルに通い始めた頃にはじめてブラックパーティーと遭遇した時にそう思うようになった。
ブラックパーティーは、大抵リーダーが財布の紐というか、金庫と言い換えてもいい。
それを握っていて、脅迫まがいの事をしている。
それを反面教師にして、リョータ・ファミリーではみんな個別に財布を持っている。
もちろん何かがあれば、俺は何が何でも仲間を助けるが、それではないときはみんながそれぞれ好きにやっている。
「それがどうしたんだ?」
「『金のなる木』もそうだと聞く。そして、やり手だとも」
「……」
「そこに発注してはどうか? せっかくの大口の儲け話だ、外貨として流出することもないだろう」
「それは目から鱗だ。ありがとう、そうする」
☆
一旦バナジウムに戻って、転送ゲート経由でエルザとイーナの店、『金のなる木』にやってきた。
珍しく俺が店を訪ねた事に驚きつつ、二人は俺を奥に通した。
商談用の応接室はかなり立派なもので、いるだけでもてなされている、そんな気分にさせられる場所だ。
「どうしたんですかリョータさん」
「ここに来るなんて珍しいじゃない」
買い取りは雇っている店員に任せて、二人は俺の向かいに座った。
「二人に頼みたい事がある。あるものを入手して欲しいんだ」
「あっ……」
「ほら、いった通りでしょ」
エルザははっとしながらも嬉しそうで、イーナは得意げな顔をした。
二人がそんな顔をするって事は……もしかして。
「予想してた、のか?」
「ええ、もちろん」
「値段が高騰し始めた直後にもしかしたら、って思いました」
エルザはそういい、一旦立って、部屋の外に出た。
すぐにまた戻ってきて、持ってきた宝石箱をテーブルの上においた。
箱を開ける、そこにはあの亀裂の石があった。
「本当だ。いくらしたんだ?」
「一千万くらいの時でした」
「今はもう……ね」
「なるほど。じゃあ相場通り五千万はらおう」
「えええええ!? そ、そんな、もらえませんよ」
「払わせてくれ、俺は嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「ああ。二人の目利きで、一発で4000万の利益を出せた。それが嬉しいんだ」
「リョータさん……」
エルザは目をうるうるさせて、イーナもまんざらでもない顔をした。




