478.リョータの弱点
コンコン、と、部屋のドアが控えめにノックされた。
「はーい。だれ?」
「あの……エルザです」
「ああ、ちょっと待って」
俺はベッドから立ち上がって、ドアに近づきそれを開く。
廊下には、エルザとイーナの二人が立っていた。
エルザは可愛らしいパジャマ姿で、イーナは絶妙に見えそうで見えないネグリジェ姿だ。
どちらもよく似合っていて、いやらしい意味じゃないけど眼福だ――とは、思うだけで言わなかった。
「どうしたんだ、二人とも。こんな夜遅くに部屋に来るなんて珍しいな」
「あの……えっと……」
「どうするの? いわないんなら私が代わりにいうけど?」
どうやらエルザは何か言いたげで、イーナはそのつきそいのようだ。
「だ、大丈夫。自分で言う……あのっ! リョータさん!」
「お、おう」
いつになくものすごい気迫のエルザ、ちょっと圧されかけた。
そのエルザが勇気を振り絞った様子で口を開きかけたその時。
「出来たよおじさん」
部屋の奥から、さくらが現われた。
さくらはものすごくゆったり目のシャツ一枚だけ羽織っているという格好だ。
そのさくらをみて、エルザはまなじりが裂けるくらい目を見開かせて驚く。
「………………」
「ありゃ、かたまっちゃってるね」
隣のイーナがコンコン、って感じでエルザの頭をノックするように叩く。
それにも反応しないほど、エルザは完全に固まっちゃっていた。
☆
五分後、俺の部屋の中。
精神的石化から戻ってきたエルザは、恥ずかしそうにもじもじしていた。
「ごめんなさい、私、早とちりしちゃって」
「いや、その気持ちはわかる」
俺はため息交じりにいって、さくらを見た。
俺、エルザ、イーナ、そしてさくら。
部屋にいる四人のうち、さくらが一番露出度が高い――という一番色っぽい姿をしている。
なんと、彼女は男物のシャツを一枚、ぶかぶかな感じで着ている。
そんな女の子が俺の――男の部屋から出てきたら、エルザが勘違いするのも無理はない。
「その格好はやめないか。さすがにどうかと思う」
「これが一番楽だもん。お風呂はいった後、後は寝るだけの時ってさ、体を締め付けない格好が一番いいんだよ」
「それはわかるけど、自分の部屋にいる時だけにしてくれ」
「別にイイじゃん。それともおじさん、これ見てヨクジョーしちゃうの?」
「いやいやいやいや」
俺は思いっきり、というか必死に首を振った。
さくらくらいの若い女の子とそんな事になったら社会的に抹殺される。
「だったらいいじゃん」
「よ、よくないとおもいます!」
エルザが赤ら顔で力説した。ちょっとつっかえ気味だが。
「そんな格好で夜の男の部屋にいるなんて、もし何かあったら――」
「あー、大丈夫大丈夫」
「――え?」
手をヒラヒラと振るさくらに、きょとんとするエルザ。
「おじさん真面目だから、こういう格好の方が実は安全なのよね」
「そ、そんな事は……」
「むしろ、エルザさんみたいなのが危ないのよね」
「あら、よく分かってるじゃない」
「イーナさんも安全よりだね」
「だからそうしてるのよ」
「そっかー。策士だね、イーナさん」
何故か、意気投合するさくらとイーナであった。
一方で、「危ない」と言われたエルザはちらっとこっちを見て。
「き、着替えた方が……いい、ですか?」
「いやいやいやいや」
そんな風に言われると逆に意識しちゃうじゃないか。
「そ、それよりさくら。今日はもういいだろ?」
「そういえば、何をしていたの?」
と、イーナが聞いてきた。
エルザに比べて、さくらのネタのノリを見抜いているからか、彼女は終始落ち着き払っていた。
「ああ、ダンジョンのモンスターの攻略法を教えてたんだ」
「モンスターの攻略法?」
「あたしのジェネシスってさ、描いたものを召喚するじゃない。それでおじさんにモンスターの特徴とか弱点を聞いて、それでモンスターごとに対応したのを描こうってね」
「事前に情報さえあればって条件がつくけど、多分、対応力は最強クラスだと思う」
「例えば――これが親子スライム用で、こっちがスチールスライム用で、こっちが――」
さくらはそういいながら、ぱらぱらとスケッチブックをめくっていった。
正直、さくらはかなりすごい。
俺から情報を聞いたその場から、対応するモノを描いている。
発想力と想像力? はかなり優れている。
「すごいわね。こんなにいろんなのをかけるなんて」
「こどもの頃からやってたからね」
「どういう事?」
「小学校の低学年くらいまでさ、あたし、ゲーム機やってたのよ」
「……はい?」
「小学校の時ってスマホとか学校に持ち込めなかったじゃん? だからあたしがノートにゲームの画面みたいなの書いてさ、それに鉛筆を転がしてバトルとかさせてたのよ。こんな風に」
そう言いながら、さくらはささっとスケルトンを描いた。
そして鉛筆を転がすって仕草をした後、スケルトンの頭の一部を消して、頭蓋骨がかち割られて欠けてしまった風に書き直した。
この間、一分もかからなかった。
「え? ゲーム画面を手書きで絵を描いて再現してたって事?」
「そそ、そういうこと。だからキャラとか武器とか、『合わせる』ように描くの得意なんだよね」
「はあ……すごいなそれ」
俺は本気で感心した。
TRPG――をありものの道具じゃなくて、リアルタイムで絵を描きながらゲームマスターしてたってことだよな。
それを小学生の頃、多分休み時間かなんかでやってたんなら、その頃はかなり人気者――いやヒーローだったんだろうな。
一方で、スマホやらゲームやらという単語がでてきたことに、イーナとエルザはきょとんとしていた。
「……」
「どうしたの、イーナ」
「……ねえ」
何故か考え込んだイーナ、エルザには返事をしないで、さくらに聞いた。
「ん? なに?」
「昔取った杵柄で、モンスターに合った召喚する何かをかいてる、のよね」
「そだよー」
「なんでも合わせられる?」
「特徴とかが分かればね」
「じゃあ――リョータさんは?」
「え?」
いきなり何言い出すんだ、と俺はびっくりした顔でイーナを見た。
エルザも同じような感じで驚いている。
そのイーナは、彼女がよくする悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
そして――さくらはそれにのっかった。
「なるほどなるほど、うひひ」
いやな予感がした、すごくいやな予感がした、ものすごくいやな予感がしてしまった。
「どうかしら」
「おじさんならラクショーだよ」
「むっ」
ちょっとムカッとした。
ステータスオールSS、その上多種多様な武器とアイテムで固めた今の俺。
その俺を「ラクショー」って言われるのはちょっとムカッとした。
その「ムカッ」を見透かしたのか、イーナは更に悪戯っぽい笑みを浮かべながら。
「じゃあやってみてよ」
「オッケー♪」
さくらはものすごく、軽いのりで請け負った。
スケッチブックに、俺達には見えないようにしながら、さささと書き込んでいく。
何がくるのか、いや何か来ても対処してみせる。
こういう時の為でもある。
俺が、ダンジョンでは楽をする事なく、常に新しいやり方を模索し続けて、テクニックを磨いてきたのは。
こういう、何が来るのか分からない時のためでもある。
だから、俺は真剣に、さくらの召喚を待ち構えた。
「できたー。おじさん、だしちゃっていい?」
「ああ、こい」
「それじゃ――ジェネシス!」
呪文を唱えたさくら、彼女のスケッチブックから今し方描かれたものが召喚された。
「な、なななななななな!」
銃を抜きかけた俺、一瞬でパニックになった。
さくらが描いて、召喚したのはイーナ、エルザ、そしてイヴ。
この三人の――ものすごくきわどい水着姿だった。
きわどいが、色物じゃない。
それ故に出された色気に俺は思わず顔を覆ってしまった。
「何をするんださくら」
「ほらね。おじさんって年の割には純情だから、これが一番効くとおもったんだ。変化球の眼帯とか、穴が空いてるのだと逆に落ち着いちゃうかもだけど」
「分かってるじゃない」
「や、やめて。私の姿でそんな破廉恥な事をしないで!」
顔を覆う俺、必死に止めようとするエルザ。
さくらとイーナはしてやったりな感じで、ケラケラ笑っている。
完全に、さくらにやられてしまっただけじゃなく。
「……チラッ」
「あー、おじさん指の隙間からチラ見してる。えっろーい!」
仲間上位三人のたわわの誘惑にまけて、敗北を重ねてしまうのだった。