477.さくらの切り札
「ただいま――あれ、さくらだけか?」
プルンブムのところから屋敷に戻って、一休みしようとサロンに顔を出すと、さくらが一人っきりでいるのを見つけた。
彼女はテーブルの上にスケッチブックを開いて何かを描いていて、俺が声をかけると手を止めて顔を上げた。
「おかえりおじさん。うん一人だよ」
「そうなのか。てっきりイヴがくっついてるもんだと思ってた」
「彼女はお出かけ。なんか再結成? って誘われたから頭たたき割ってくるって」
「ああ、ダンジョン性の違いで解散した前のパーティーか――って物騒だな!」
イヴの場合まったく冗談に聞こえないのが恐ろしい。
「さくらは何をしてるんだ?」
「えっとね、切り札を描いてた」
「切り札?」
「うん! ほら、みんなの戦い方を見せてもらったけどさ、みんな自分の必殺技とか切り札とかもってるじゃない」
「まあ、そうだな」
「おじさんはその銃だし、エミリーママはあのでっかいハンマーだし、アリスちゃんはおじさんのコピー呼べるし、ウサギちゃんはニンジンだし」
「ニンジンは切り札じゃないだろ!」
「うーんなんていうの? 性的な意味で?」
「いやいや」
確かにイヴがニンジンがらみの時は、わざとやってるんじゃないかって思うくらい扇情的な仕草をするんだけどさ。
俺は突っ込みつつ、近づいて、さくらが描いてるのをみた。
「かわいいな」
女の子の絵だった。
かなり気が強そうな表情で、目はキリリとつり上がっている。
髪は金色で、黒いリボンを使ってツインテールにしているが、長いツインテールの先端はドリルのような巻き髪になっている。
服装もどこぞの貴族だと思わせるような、キリッとしたものになっている。
「これがさくらの切り札になるのか?」
「うん。コンセプトはね、『アナルの弱そうな姫騎士』」
「何でだよ!」
「でも弱そうじゃない?」
「なんとなく分かるけど!」
なんでわざわざそんなコンセプトにする必要があるんだ?
さくらの言うことは部分部分ではわかるけど、発想の源がよく分からない。
「そういうのが筆がのるんだもん。色々試したんだけど、私の筆がのらないと強くならないみたいなんだ」
「なるほど……いやそれはそれでどうなんだ?」
眉をひそめ苦笑いする。
アナルが弱い姫騎士だと筆が乗るって事だから、非常にコメントしづらくなった。
だから俺は話をそらした。
「でもまあ、ちょっと意外だな」
「なにが?」
「ああいや、こういう時、何故かみんな俺をモデルにするから。りょーちんもそうだし、プルンブムの俺もどきもそうだしさ」
「おじさんも描いてみたよ。そこそこ乗ったんだけど、これはやめた方がいいかなって」
「やめた方がいい? なんで? 筆がのったんならいいじゃないか」
俺をモデルにされるのはもう慣れている、今更さくらがふえたところでどうもしない――と思ったんだけど。
「実はおじさんの他にもう一人、フィギュアおじさんも描いたんだよね」
「セルも?」
なんか雲行きが怪しくなってきた。
「うん。おじさんが受けでフィギュアおじさんが攻めで、あっちにネクタイを締め上げられて『俺から離れられない体にしてやる』っていう」
「うわー、うわーうわーうわー!」
俺は大声を出した。
あっちの世界かよ!
「ほらこれ。『自分の栄光をあそこで飲み込んで汚した感想は』――」
「オーケーストップだそこまででいい」
スケッチブックをめくって見せてくるさくら、俺は顔を背けつつ拒否した。
「まっ、その方がいいかもね。おじさんに世話になってるし、これをエースにしてみんなにみせつけるのもねー」
「ありがとう。いや本当にありがとう」
もしそうなったらこの世界にいられなくなってたところだ。
「そだ。おじさん、この子と戦ってみてくれる?」
「戦う?」
「うん。どれくらい強いのかをさ。強さを計って欲しいんだ」
「なるほど。いいよ、じゃあテスト部屋行くか」
「うん」
頷くさくらと連れあって、サロンを出てテスト部屋に向かった。
部屋にはいって、俺は銃を抜いた。
さくらはスケッチブックを開いて、「ジェネシス」と唱えた。
瞬間、描かれていた少女が具現化される。
少女は腰の武器を抜き放った。
レイピア。
刺突に特化した武器は、気の強い姫騎士というその子にぴったりな武器だった。
そのレイピアを振るって襲いかかってくる。
攻撃をいなしつつ、強さを測り、じっと観察する。
強さ、そして優美さ。
両方を兼ね備えたいいキャラだ。
近接戦闘キャラで、力はC、速さはB――いやAあるかないかくらいか?
ダンジョンではかなり役に立つだろう――と思ったその時。
「あーもうだめ! こんなの駄作よ!」
さくらはスケッチブックをパン、と乱暴に閉じた。
すると召喚された姫騎士は薄くなって消えた。
「どうしたんだいきなり。ちゃんと戦えてたじゃないか」
「だめ! ぜんっぜんだめ!」
「ふむ、ちなみにどんなところが?」
俺の目には普通に強かったように見えたんだが、何がいけないんだろうか。
「パンチラ」
「へ?」
「パンチラしてたの今」
「してた……か?」
首をひねって、さっきの戦いを思い出してみる。
そんなところは見てないから、してたかどうかなんて思い出せない。
パンチラしてたかどうかおもいだせないが、かなりのミニスカだったという事は思い出した。
「でも、あんな短いスカートじゃパンチラするの当たり前なんじゃないのか? というか、そういう風に書いてるんだと思ってた」
「おじさんさぁ……」
さくらはジト目で俺を睨んだ。
こいつなにもわかってねえでやんの、って目だ。
「見えるかのギリギリで、でも見えないのがいいんじゃない」
「……ふむ?」
「見えるかどうかのギリギリで、でも激しいバトルをしても絶対に見えない。コマ送りしてもみえない、ドットでそれっぽいのが見えそうだけど結局見えない。っていうのが一番なんじゃない」
「ごめん俺にそこまでのこだわりは」
さくらの剣幕に押されて、微苦笑してしまった。
苦笑いしつつ、少し考えてから。
「だったら、レオタードはどうなんだ?」
「え?」
「レオタードベースに、そのまわりに鎧のパーツをつけてみるのは?」
「それだ!」
さくらはパッと俺を指さした後、スケッチブックを開いてものすごい勢いで書き出した。
さっきと同じ顔をした少女だが、髪は下ろされて、金色のストレートロングになった。
からだは黒のレオタードを身につけていて、肩や肘、そして腰などの要所要所に鎧のパーツをつけている。
脇の辺りがわざと布で覆われていないのはかなりのこだわりを感じる。
彼女はものすごい勢いで描いていって、ほんの30分足らずで――
「出来た!」
と、ほぼ別人のような新しいキャラができあがった。
「おじさん、もっかいお願いしていい」
「ああ、いつでもいいぞ」
「それじゃ……ジェネシス!」
スケッチブックから具現化した新たな姫騎士。
そいつは肉厚の大剣を振りかぶって突進してくる。
「速い! ――そして重い!」
さっきのより明らかに――二段階強くなっている事に驚く。
本当に乗って描いたら強くなるんだなあ……と感心していると。
「あっ!」
「ど、どうしたんだ?」
「ニーソ書き忘れた! やり直さなきゃ」
さくらはそういって、姫騎士を引っ込めて、さらにペンを走らせる。
こだわりを詰め込むさくら。
彼女の切り札は、相当強くなるんだろうな、と俺は確信したのだった。