469.イノベーター
「おじさんはこれからダンジョンで仕事?」
ほっぺへのキスをまったく気にする様子もなく、さくらは屈託のない表情のまま聞いてきた。
「ああ。朝ご飯の後まずはプルンブムのところにいって、そしたらカリホルニウムとかに戻って攻略の続きだ」
「プルンブムって?」
「鉛――って言っても分からないか。……さくらには『一人称がわらわで語尾がのじゃ』っていった方が興味――」
「なにそれもしかしてロリババア!?」
予想通り、さくらが思いっきり食いついてきた。
やっぱりそっちの話の方が好きなんだなあ。
「そういうわけでもないよ。見た目は普通の女の人。ただ口調がそっちなだけだ」
「うーん、もったいない」
「実年齢は8歳、一人称が自分の名前で、語尾が『なの』って子は?」
「かわいい! もうその時点でかわいいじゃん!? その子も仲間?」
またまたハイテンションで食いついてきたさくら。
本当にそういうのが好きなんだなあ。
「仲間ではないな。なんていうんだろうな……」
マオみたいなのはどういう関係なんだろう、とちょっと説明に迷った。
「むずかしいな、今度紹介するから、実際に見てみた方が早いと思う」
「わかったー。にしても、おじさんの周りって人材が揃ってるね」
「そうかな」
「そうだよー」
さくらと世間話しながら、とりあえず食堂に向かう。
朝ご飯を食べて、プルンブムのところに行こうと思ったその時。
「リョータ様」
廊下の向こうからミニ賢者のミーケがやってきた。
ハッって感じで俺を見つけて、一直線に駆け寄ってきた。
「どうした」
「リョータ様にお客様です」
「分かった。ありがとう」
ミーケにお礼を言って、とりあえず屋敷の外、ダンジョンの外に向かう。
さくらが後ろについてきた。
彼女を引き連れた形で、ダンジョンの外にでた。
そこにはネプチューンと、いつものようにランとリルが背後にいた。
「やあおはよう……その子は何者? 新しい仲間かい?」
一緒にダンジョンから出てきたさくらをみて、若干驚きつつも、トレードマークの笑顔を保ったまま聞いてきたネプチューン。
「そんなところだ――先に言っとくけど腐ってもないしチーレムでもないからな」
俺は振り向き、念のためにさくらに釘を刺しておいた。
「それは分かる」
「そうなのか?」
てっきりそのネタを引っ張るもんかと思ってただけに、さくらの反応は予想外だった。
「うん。あの二人、その男以外の人間はつぶれたダンゴムシくらいにしか思ってないって顔だし。おじさんが邪魔で邪魔で仕方ないって嫉妬してるし」
さくらがいうと、もちろんそれが聞こえたランとリルは顔色を変えた。
激しい性格のリルは眉を逆立てて俺を睨み、比較的穏やかなランも困り顔ながらさくらのいうことは否定しない。
まあ、二人が俺の事を邪魔だって思ってたのはなんとなく知っていたけどね。
そういうことならば、と俺はネプチューンに話を聞くことにした。
早く話を聞いて切り替えて、二人のネプチューンといる時間を邪魔しない様にしないと。
「俺になんの用なんだ? こんな朝からあんたがくるなんて、よほどの事なんだろ?」
「キミの耳に入れておいた方がいいかなって思ってね」
「……何かがおきたのか?」
ネプチューンはいつものように笑顔だが、目は真剣だった。
「落ち着いて最後まで聞いてね」
「……分かった」
「ダンジョンマスターが大暴れしてね」
「どこだ!?」
「落ち着いて最後まで聞いて、って言ったでしょ」
ネプチューンは苦笑いして、やれやれと肩をすくめた。
「キミにこの事を話すとそういう反応をされるのは分かってた。そういうのを見過ごせないのがキミのいいところで、だからみんなの信頼を勝ち得てるわけだけど」
そこで一旦言葉を切って、まっすぐ俺を見つめて。
「キミの知ってるダンジョンじゃないし、それにもう討伐されて話は一段落してるから」
「そうか……」
ネプチューンに指摘された事も含めて、俺は苦笑いした。
もしシクロ、いや俺が行ったことのあるどれかのダンジョンなら、今すぐに駆け込んでいるところだろう。
ネプチューンに落ち着いてと言われたのに全然落ち着いて最後まで話を聞けなかった自分に苦笑いした。
「まあ怪我の功名っていうのかな。そのダンジョンマスターが大暴れしたせいで、ダンジョンの生産性は格段に上がったんだ。軽く下調べしただけでも分かるくらいにね」
「へえ」
「だから、ダンジョン協会はそれでいいと言ってる……のだけど」
「けど?」
小首を傾げて聞き返す。
何となく、これが本題なんだ、と直感的に察した。
「ドロップしなくなったものもあってね。それらは現物のみって事になると思う」
「……なにがドロップしなくなったんだ?」
「レベル1のキミが世界の誰よりも恩恵を受ける――魔法の実だよ」
「……なるほど」
ネプチューンが、ここに来た理由が分かった。
☆
ネプチューンが帰った後、俺はバナジウムダンジョンの入り口に佇んだまま、その事を考えた。
「ねえ、今の話って、よくあることなの?」
一緒に話を聞いていたさくらが、当然の質問を向けてきた。
「まあ、な。俺も何回か品種改良を手伝ったことがあるから」
「品種改良?」
「説明してなかったっけ? この世界のダンジョンでは、たまにダンジョンマスターというモンスターが出る。そのダンジョンマスターが長くいすぎると、ダンジョンの生態、そしてドロップを変えてしまう。それを意図的にやるのが品種改良だ」
「なるほどね。私てっきり、モンスターに女戦士をたくさん送り込んでくっ殺な、おしべめしべで品種改良するんだって思ってた」
「そんなわけないだろ」
「わかんないよー。どっかにそういう、薄い本が分厚くなる世界もあり得そうじゃない?」
「……そうだよな」
やっぱり若いからか、さくらの考えの方が柔軟にみえる。
この世界以外に異世界はあり得ない、なんて言ってしまった自分がちょっと恥ずかしい。
「話は戻すけど、俺も品種改良に手を貸したから、何かがなくなって、新しい何かが生まれた、というのは何回かあった。ダンジョンマスターでそうなる、って聞かされてたから、おれがやったの以外でも結構あったんだろう」
「そっか。ねえどうする? 魔法の実がなくなると困るんでしょ?」
「……」
俺は考えた。
魔法の実はドロップしなくなった。
残っているのは現物のみ。
この状況で、何をどうするのがベストなのかを考えた。
「ねえ、品種改良ってフロアごとに出来る? もしそうなら魔法の実だけでも戻してさ」
「いや、今のままでいいだろう」
「どうして?」
「ダンジョンの生産力が上がったってネプチューンが言ってた」
「言ってたね」
「それは言い換えれば進歩だ。進めている時計の針を巻き戻すのは馬鹿げてる。新しいものがでてきたら、新しいものに順応していくべきだ。そうじゃなきゃ人間の方――俺達の方も成長を止めてしまう」
パソコンからタブレットへの進化を思い出した。
ガラケーからスマホへの進化を思い出した。
新しいものはいつも、使いこなせさえすれば便利だ。
それは物事の本質で、今回のダンジョンの事もきっとそうだろうと俺は思った。
となれば、セレストに頼んで、新しい知識にアップデートしてもらうか。
いや、セルに頼んだ方がはやいか?
「……」
俺は新しいダンジョン――進歩した先の事を考えていて気づかなかったが。
隣でさくらが、感動した目で俺を見つめていた。