468.レベリングのお礼
「お帰りなさいなのです」
「みんなはもう部屋か?」
もどってきたサロンの中を見回す。
どうやら解散した後のようで、サロンの中はエミリー一人が後片付けをしている最中だった。
「はいです。ヨーダさんは『今夜はもうもどってこなさそう』ってイーナさんがいったら、みんなお部屋に帰っていったです」
「そうか」
頷く俺、ソファーに座って、エミリーの片付けを見守る。
手伝いは、しない。
最初の頃はしていた。
仲間達も、一緒に暮らすようになったばかりの頃は、全部エミリーに任せっきりなのは心苦しいからか、手伝ってはいた。
しかし、みんなすぐにやめてしまう。
エミリーハウス。
前の屋敷からバナジウムダンジョンになってからも変わらず、明るくて、温かくて、いつまでもいたくなるような心地よさだ。
それは、エミリーが維持していてこそだ。
理由は分からないが、エミリーに指示してもらって、仲間達が掃除やら片付けやらをしても、こんな風に温かくはならない。
エミリーの手でやってこそのエミリーハウスだ。
その上、エミリー自身が。
「家のお仕事を出来るのは幸せなのです」
と心の底からの笑顔で言うから、次第に、誰も家事には手を出さなくなった。
俺もそうで、今はエミリーがテキパキと後片付けをしているのを見守っている。
「……そういえば」
「はいです?」
「さくらがドロップした瞬間の事は覚えてるのか?」
「ごめんなさいです。よく覚えていないのです」
「そうか」
申し訳なさそうな顔をするエミリーに、頷いて返事をする。
そして、それ以上は突っ込まなかった。
女の子の事じゃなくて、ダンジョンの事だから、仮説はすぐにできた。
Gとの遭遇によって魔王化したエミリーに、ステータスの変動か、何かのスキルが発動したのかもしれない。
俺の時も、テルル三階というカボチャからコクロスライムがありそうな場所だった。
俺とさくらの転移は、魔王化したエミリーの手によってもたらされたのかもしれない、という仮説が出来た。
しかし、それを検証しようとは思わなかった。
こっちの世界に転移してきて、おそらく初めてかも知れない。
ダンジョンで起きた事象の仮説を、検証しようと思わないのは。
エミリーを魔王化させてまで究明しようとは思わない、その必要性があるとは思えないのだ。
「ヨーダさん、お茶のお代わりはいるです?」
「ああ、せっかくだからもらおう――ってすごいな!」
答えた直後、改めてエミリーのすごさを思い知らされた。
仮説の事を考えて、それは検証するべきじゃない、と脳内で思ったのはほんの一瞬だけのこと。
その一瞬で、サロンの片付けは終わっていて、いつものような神殿のごとき、温かくも清らかな波動を放っていた。
「はいです?」
それをやってのけた本人は、自分の偉業――神の手と言われてもおかしくない家事テクニックのすごさを理解していなかった。
☆
翌朝、起きた俺は部屋を出て、洗面所に向かおうとした途中、さくらと出くわした。
「あっ、ただいまー」
さくらはイヴを引き連れて、朝なのにものすごいハイテンションでこっちに向かっていた。
「おはよう……って、ただいま?」
「そっ、ただいま」
「どこかに出かけてたのか?」
「テルルってダンジョン。すごいね、あんなにいろんなスライムだけのスライムダンジョンってあるもんだね。罠にかかった女戦士がいないのがちょっと不満だけど」
「何を期待してたんだよ!」
思わず大声で突っ込んだ。そのつっこみで、バッチリ眠気が吹っ飛んで目が醒めた。
「それより、なんでテルルに?」
「だって異世界じゃない? ダンジョンがあって魔法が使えるんだよ、行ってみたくなるってもんでしょ」
「ウサギ案内した。一晩中」
「一晩中!? 夜中からいってたのか?」
「すっごいワクワクしてて眠れなかったからね。ちょっとだけ、一階層だけ、って感じでいったら地下四階まで潜ってきちゃった」
「あはは……なんか分かるな」
そういうわくわく感ってあるよな。
スタミナ制のソシャゲだと、夜中でもスタミナが回復すれば寝るのも忘れてやっちゃうんだよな。
特に新しい要素が実装された時とかは。
パソコンでやるネトゲ時代だと、朝六時にスタミナ全回復するゲームもあって、寝て起きたほうが絶対にいいってわかってても、徹夜して六時になったと同時にプレイを始めてたのが記憶にのこってる。
「ウサギちゃんからポーションももらってさ。すごいね、本当に畑みたいに野菜がドロップするんだね」
「そういう世界らしいんだ。だから冒険者ががっつり職業として成り立っている」
「そうみたいだね。私も一晩で結構稼げたもん」
「え? もう換金したのか?」
「うさぎが、夜中もやってる買い取り屋に案内した」
「そういうところってレート低いだろ」
コンビニと同じだ。
二十四時間営業で便利だけど、商品は割高。
深夜営業している買い取り屋も、買い取りレートは低めなのだ。
「せっかくだし、すぐに換金ってのも体験してみたいじゃない?」
「あはは、なるほどなあ」
ワクワクが勝ったって訳だ。
すぐに体験したい、その欲求の前では多少のレートの不利なんてどうと言うこともないってわけだ。
「ねえ、三万ピロって、どれくらいの価値なの?」
「え?」
「え?」
俺が驚き、さくらも驚いた。
「なに? そのえっ? ってのは」
「三万も稼いだのか? 一晩で?」
「うん」
「……すごいな。俺なんて最初のころ、二万稼ぐのに三日かかったのに」
エミリーに恩返ししようと、あのアパートを借りるためにテルルに通っていた頃の記憶がよみがえった。
その額を、さくらは一晩で上回った。
「何いってんの?」
「え?」
「おじさんの最初の頃に比べて稼げるのなんて当たり前じゃん。パワーレベリングしてもらったんだし」
「……なるほど」
俺は頷き、納得した。
たしかに、そうだ。
転移した彼女に、これまでため込んできた経験値をぶち込んでレベル100越えさせて、更に七桁ピロは余裕でする魔法の実を食べさせた。
さくらのスタートは、俺の時とは全然違うのだ。
「でも、そっかー。おじさんは最初の頃三日で二万だったか」
「ああ、そうだ」
「ふむふむ……あっ、そうだ」
「ん?」
何かを思いついた様子のさくら。何事だろうかと小首を傾げると、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた直後、その顔が迫ってきた。
ちゅっ。
ほっぺに、いきなりキスをされた。
「なっ、なななな!」
「お礼。ありがとおじさん」
「いやいや、お礼って、他にもいろいろあるだろ? なんでキスなんか――」
「うーん、だってチーレムだし? ここ」
「いやいやいやいや!」
なんかその事が本当に既成事実化しそうなのが怖かった。
ついでに、キスされたほっぺが熱をもって、されたことが嫌じゃないのもちょっと怖いとおもってしまった。