464.おじさんとパパ
「魔法はどういうのを覚えたんだ?」
「えっとねえ、ヒールと……ジェネシス」
「ヒールって事は、回復魔法か」
振り向く、セレストを見る。
目があったセレストは頷いた。
「初歩的な回復魔法ね」
「なるほど」
俺は頷き、親指の爪を立てて、手のひらをひっかいた。
生命線と直角にえぐった傷から、じわりと赤い血がにじみ出す。
それを確認してから、さくらに再び話しかける。
「頼めるかな」
「……おじさんってさ」
「そろそろおじさんはやめてくれ。なんだ?」
「今の、全っ然ためらいとかなかったよね」
「そりゃないけど……」
それが? って感じで首をかしげて、さくらに聞き返す。
さくらはやや呆れた様子で「マッドな人だぁ」ってつぶやいた。
その後仕切り直しのため息を一つついて、手を差し出し俺の手のひらの上にかざした。
「えっと……どうすればいいの?」
「基本念じるだけだ。体の末端から『なにか』を集めて、使うところに流すイメージをしながら唱えると使える」
「そんなに楽なの?」
「覚えた魔法ならな」
「なるー」
もう一度頷き、今度こそ、とキリッとした顔で「ヒール」と唱えた。
さくらのかざした手から柔らかい光が放たれ、俺の手のひらを包み込む。
爪でひっかいてつけた傷は、みるみるうちにふさがっていき、やがて傷跡のない、しかし血だけがついているという不思議な絵になった。
「回復したな」
「いいねえ、私にも魔法が使えるのか、いいねえここ」
自分の手を見つめて、上機嫌になるさくら。
俺にも覚えがある。
この世界のことを知っていくにつれ、徐々に興奮していくこの感覚。
かつての自分を見ているようで、ちょっと微笑ましい気分になった。
「もう一つは……ジェネシスって名前だっけ」
「うん」
「こっちはよく分からないな、どういう効果の魔法なんだろう」
「召喚魔法の一種の」
「知っているのかセレスト」
「おー、そういうポジションの人か」
感心する俺、そして俺とはなにやら違う意味で感動しているさくら。
そんななか、我が家の歩く百科事典は一度頷き、それから説明し出した。
「一種の召喚魔法よ」
「あたしのオールマイトとおんなじなヤツ?」
「なになに!? アメコミヒーローを召喚する魔法?」
さくらがまた食いついた。
「あめこみひぃろぉ? 何それ」
「ちがうんだ?」
「ううん、りょーちんを召喚する魔法だよ」
「りょーちん?」
「うん! 見せたげる――りょうちーん!!」
アリスはいつものように、両手を突き上げて魔法を唱えた。
次の瞬間、空間に裂け目が出来て、まだら色の向こうの空間から、りょーちんが現われた。
「おお! ――って、あはははは、何これ、おじさんのきぐるみ?」
「だからおじさんはやめてくれって」
俺は苦笑いしつつ、説明をした。
「オールマイト、俺を、って訳じゃなくて、使用者が認識している『最強』の存在を召喚する魔法――だっけ?」
言いかけ、セレストとアリスに確認の視線を送る。
二人とも、はっきりと頷いてくれた。
「それがまあ、今のところ俺だったって訳だ」
「へえ。おもしろい魔法だね」
「召喚魔法っていったっけセレスト」
話を戻して、セレストに視線を向ける。
「ええ。使用者の直筆の絵を実際に召喚する魔法よ」
「絵を召喚って……描いた物をってことか?」
「そう聞いているわ」
「本当に!? ねえねえ、紙とペンをかしてくれる?」
「ああ」
「もってくるです」
今度はエミリーがバタバタと走り出して、すぐにペンと紙をもってもどってきた。
それを受け取ったさくらは壁に紙をあてて、その上にペンをさらさらと走らせた。
「出来た! えっと……ジェネシス!」
そして魔法を唱えると、絵がひかって、そこからなにかが飛び出してきた。
「おっ」
「ヨーダさんなのです」
エミリーがにわかに興奮気味だった。
さくらが書いて、召喚したのは俺――ではなくりょーちんだった。
もっと正確にいえば、俺をデフォルメしたりょーちん、からさらにいろいろと「崩した」りょーちんっぽい何かだ。
例えるなら「子供が描いたドラ○もん」、ああいう感じのものだ。
そしてそれは――動く。
ばったもんりょーちんはどこかぎこちないながらも動いた。
「いいね、これいいね」
「描いた物が具現化される魔法か。汎用性がたかそうだ」
「これって倒しても大丈夫なの?」
今度はアリスがセレストに聞いた。
「ええ。ジェネシスの特徴として、召喚した後呼び戻せば絵になる、絵の状態からならまだ召喚できる」
「へえ――あっ本当だ」
さくらはりょーちんもどきを一度出し入れした。
召喚したのが一旦紙に吸い込まれて再び絵になって、再召喚されたのはちょっと見てておもしろかった。
「だけど、召喚中に倒されたり壊されたりすると――」
セレストはそういい、三本のバイコーンホーン+9を糸で操作して、全方位からりょーちんもどきを撃った。
撃たれて、炎上したりょーちんもどき。
多少もがいたが、すぐに消し炭になった。
同時に、さくらが持っている紙が朽ちてぼろぼろに崩れ落ちた。
「こんな風に、全てがパァになるわ」
「なるほど」
「他の人が描いた絵は?」
さくらすっかりセレストが「そういうキャラ」だと認識したのか、当たり前のように彼女に質問した。
「それはだめ、あくまで本人が描いた絵のみよ」
「そっか……召喚して、戻した後に加筆修正したのは?」
「それは……わからないわね」
基本が分かると、今度は応用編がきになりだしたさくら。
さすがにそれはわからないと、セレストは申し訳なさそうな顔をした。
「じゃあ今やってみよう。えっとまずは――」
紙とペンを手にしたまま、考え込むさくら。
未完成で一回召喚して、更に加筆修正していこうとしているのだろう。その分どうすれば良いのかを考え込んだ。
彼女が考え込んでいるその時。
「パパー」
部屋の外から聞き慣れた声がして、ユキが飛び込んできた。
「お帰りなさい、パパ」
ユキは嬉しそうに、俺の前に立った。
可愛らしい、娘のような少女に、俺はちょっとだけ目尻がさがった――のだが。
「おじさん子持ちだったの!?」
「ぐさっ!」
合わせ技一本で、俺は心に大ダメージを負ってしまった。