450.カリホルニウム進入
馬車に揺られながら、何もない荒野を進んでいくと、次第に活気が肌で感じられるようになってきた。
何もない荒野から、ダンジョンと、冒険者達の賑わいが見えてくる。
静かすぎて耳が逆に痛かった空間からそこそこの生活音がする場所に戻ってきた時のほっとした感じと似ている。
馬車から身を乗り出して、ダンジョンの方を見る。
「あれがカリホルニウムか」
「いや、あれはフェルミウムだ」
「フェルミウム?」
「アクチノイドにある二つのダンジョンの一つ、対となるフェルミウムだ」
「ダンジョンが二つもあったのか」
セルは静かにうなずいた。
「どっちが造幣ダンジョンなんだ?」
「どっちもなのだ」
「ふむ。透明で女っぽいモンスターがあるのは?」
「それはフェルミウムだ」
「そうしたら俺はそこに行けばいいのか」
「少し違う」
セルはやんわりと否定した。
女幽霊のようなモンスター。
それは、俺がハグレモノから違うものをドロップさせることが出来ると知った直後くらいに知ったモンスターだ。
紙幣や硬貨もダンジョンドロップだとしって、それをハグレモノ化させたらそのモンスターが出た。
だからセルの一族が管理している、金をドロップするダンジョン、カリホルニウムのモンスターだと思っていた。
ちなみに、お金のハグレモノからはステータスアップのポーションがドロップする。
紙幣はドロップ+3、硬貨はドロップ+1だ。
どちらもA以上には上がらないが、Aまでならかなり簡単に上がるから、大量に生産して、仲間達に渡している。
それはそれとして。
「なんか分からなくなったな。カリホルニウムに行けばわかるのか?」
「説明を怠った余の怠慢ではあるが……百聞は一見にしかずともいう。特殊なダンジョンなのだから、その方がよいとおもったのだ」
「そういうことならわかった」
セルのはむしろ気遣いと言える。
物事には、先入観がない方がいい場合がよくある。
この世界のダンジョンで言えば、「攻略」には先入観がない方がいいし、「周回」は過剰なまでの情報があった方がいい。
今回の俺は「攻略」しに来た。
だから情報がない方がむしろいい。
「おっ、今度は街が見えてきたな」
「アクチノイドだ。カリホルニウムとフェルミウムの二つのダンジョンを持っている街だ」
「その二つだけなんだな」
「昔はもう一つあったが、あえて造幣とは関係のないダンジョンはよそに移ってもらった」
「よそに?」
眉がビクッとしたのが分かった。
頭の中にバナジウムの一件が浮かび上がったからだ。
未だにトラウマで詳細を聞けずにいる、バナジウム――エリスロニウムの死。
それと同じことをしたというのか?
「そのようなことをしていたら」
セルは苦笑いした。
「サトウ様に協力を仰げぬよ」
バナジウムの一件も知っているセルは敏感に俺の表情の変化と、その意味を正しく理解した。
「そうなのか」
「円満によそに移ってもらった。と言っても、死に瀕した時に何もしなかっただけのことだが」
「ああ、なるほど」
アルセニックの事を思い出した。
ダンジョンは一定間隔で「死んで」、別の所に生まれかわる。
かつてアルセニックがそうなって、俺とエミリーがそれを止めた。
それはダンジョンの寿命とも言うべきモノで、あえて延命しないでおいたという話のようだ。
この手の事でセルは俺に隠し事はしない。
今、冒険者の間では、理不尽な事をすれば、リョータ・サトウが出てきてしっぺ返しを喰らうという説が広く浸透している。
実際、俺はいくつかそういうことを解決してきた。
それらのことをよく知っている、何故か俺の大ファンであるセルなら、この手の事で俺に隠し事はしないだろう。
「カリホルニウムはどこにあるんだ?」
「街の中心――文字通りのまん中だ」
「それに合わせて街を作ったのか」
「うむ」
話していると、馬車が更に進み、町に入った。
今までみてきたどの町とも違う感じだ。
建物のほとんどが白い大理石かなんかで作られていて、全部が重厚で格式張った感じの建物だ。
まるでビジネス街――いや。
省庁が集結しているような街並みだ。
町に入った馬車は更に進み、やがて、セルがいった中央にやってきた。
「あの中にダンジョンがあるのか?」
「あれがダンジョンである」
「あれが?」
びっくりして、それをみた。
そこにあるのは、植物で壁を作った、巨大迷路のような物だった。
いや、巨大迷路そのものだろう。
「露天なのか、ダンジョンなのに」
「今は誰も入っていないのでこうなっている」
「誰かが入ってたら違うのか?」
「そこも含めて、一度入っていただきたい」
「わかった」
セルがそう言うのならと、これ以上何も聞かないでおいた。
馬車が更に進み、巨大迷路の入り口にやってきた。
物々しさを感じた。
入り口の所にざっと十人。
護衛の兵士が立っていた。
俺たちは馬車から降りて、向かっていく。
「お待ちしておりました、セル様!」
兵士らが一斉に、かかとをならして揃えて、セルに敬礼した。
「だれも中に入っていないな」
「はっ、セル様のいい付け通り、本日は完全にとめております」
「うむ。では、サトウ様」
「ああ」
俺は頷き、軽く深呼吸してから、ダンジョンの中に入った。
入った瞬間、ああ、ここはダンジョンなんだな、と改めて感じた。
バナジウムの一件の後、俺はダンジョンの構造が分かるようになった。
ゲームで画面のどっかにいつもミニマップが出ているような感じで、頭の中でそういうのが出ている。
だから、街なのかダンジョンなのかがはっきり分かる。
巨大迷路に入った途端、ここがダンジョンだとはっきりと分かった。
カリホルニウムダンジョン、階段は感じられない、この地上一階だけのようだ。
サルファと同じような感じなのかな? などと思いつつ、ダンジョンの中を進む。
頭の中でミニマップがあるから迷わないが、全てを見回す為に例え行き止まりでも行ってみた。
モンスターと出会った。
目の前に現われたのは小学生くらいのサイズのゴブリンだった。
こん棒を持ったゴブリンはすぐに襲いかかってきた。
銃を構えて、まずは様子見に通常弾――倒した
倒して、しまった。
あまりにもあっけなく倒してしまったが、これでいいのか?
次の瞬間、俺は更に驚く事になる。
ゴブリンからドロップされたのは、ぴっちりと口を閉じている
二枚貝――だった。




