439.遺伝
夜のサロン。
「今日からお世話になります」
幼い娘が、俺の仲間達を前に、おしゃまな感じでぺこりと一礼した。
仲間達全員、いきなりの事に驚き、絶句している。
その中でも、特にセレストとエルザの驚き具合が群を抜いている。
「カーボンとそっくり……まるで娘……娘!?」
「まさか! リョ、リョータさんとカーボンさんの!?」
「ん? ああ、まあ。カーボンに協力してもらった結果だな」
「初めての共同作業だよ!」
カーボンが親指を立てて、満面の笑みにウインクをつけて言い放った。
「……そんな」
「はうぅ……」
セレストがものすごい絶望した顔をして、エルザがふらふらとへたり込んだ。
いや、そういうことじゃないんだ。
「と言うことは、リョータさんのことはパパって呼ぶのね」
「パパ? パパって呼んだ方がいいんですか?」
スライムは俺を見あげて、無邪気な目で聞いてきた。
「パパって呼んだ方がきっとリョータさんも嬉しいよ」
「そうなんですか? 分かりました。これからはパパって呼びますね」
「……」
「はうぅぅ……」
セレストは魂が口から抜けたような顔をして、エルザはますます悲しそうに呻いた。
それをみて、イーナがこっそり、クスクスと笑っている。
あっ、これは分かっててイジってる事案だ。
だとしたら、普通にばらせば――。
「あれえ? でもその子、スライムだよね」
ふと、アリスがそう言った。
そう言って、カーボンそっくりの幼い女の子に変身したスライムの前にやってきて、じっくり観察するように顔をじろじろのぞき込む。
「「――っ!」」
イーナのいじりで地獄のどん底に突き落とされたような二人が、パッとアリスの行動に食いつく。
「うん、やっぱりスライムだ」
「アリスには分かるのか。まあそうだよな」
「うん! しかもこれ、ユニークモンスターだね」
「そういう事だ。えっと……スライムの姿に戻ってくれる?」
「分かりました、パパ」
スライムはそう言って、人の姿からスライムの姿に戻った。
テルル地下一階でよく見かけるスライム――を、ちょっとだけ細部のフォルムが変わった、ユニークモンスター・スライムだ。
「本当にスライムだったわ……」
「って、ことは……」
セレストとエルザはカーボンを見た。
「そう、ユニークモンスター化して、カーボンの能力が何らかの形でついた子だ」
俺が説明すると、セレストはほっとして、エルザは親友のイーナをきっと睨んだ。
イーナはぺろっと舌を出して、イタズラっぽく肩をすくめた。
「本当に娘かと思ったわ」
「まあ娘というか……」
元の姿に戻ったスライム、その姿だとしゃべれないらしく、元の「キキー」という鳴き声を出しながら、部屋の隅っこにいるもう一体のユニークモンスター、サーペラスのケルベロスの所に向かった。
向かい合う二体のユニークモンスター。
しばらく互いを見つめた後、二体は同時にジャンプして、ケルベロスは前足を、スライムは体の一部を変形して突き出し、二体はジャンプしながらのハイタッチをした。
いえーい! っていってるのが聞こえてくる位見事なハイタッチのあと、スライムはケルベロスの頭の上に乗った。
スライムを載せたケルベロスは、ものすごい勢いで尻尾をふって、それから走り出した。
バナジウムダンジョンの中と言うこともあって、かなり広めにとったサロンの中で、はしゃいで駆け回る。
「……ケルベロスとにたような感じでしょ」
「はいです、すごく仲よさそうなのです」
「ザ・親友って感じだよな」
「ウサギとニンジンの交わり……」
「そんな水と魚みたいに言われても……わかるけど」
皆で、スライムとケルベロスがはしゃぐのを眺めていた。
俺やエミリーやアリスはもちろん、さっきまで絶望していたセレストとエルザまでもが、微笑ましい目で二体を見守った。
ひとしきり駆け回って、それで満足したのか、ケルベロスはとまって、スライムも頭から飛び降りて、ふたたび娘の姿に戻って、こっちに向かって来た。
「ごめんなさい。ついはしゃいでしまいました」
「別に構わないよ。サロンにいる時、皆は好きなことをやってるからな」
俺はぐい、と親指でサロンの反対側を指した。
アウルム、ニホニウム、バナジウム――それにオマケでサクヤ。
精霊組はこっちを見てるが、積極的に話に参加しては来ない。
セレストとエルザが食いついて「娘」というのに実感がないような、そんな反応をしている。
「でも、共同作業で産み出された子なのよね。あっ、これ真面目な話だから」
イーナは一応って感じでエルザに断ってから、スライムを見つめた。
なんだろう真面目な話って。
「それがどうしたんだ?」
「見た目はカーボンそっくりだからいいんだけど、リョータさんの何かを受け継いだ、ってのはないの?」
「俺の?」
「うん、だって共同作業なんでしょう。二人が力を合わせて」
「なるほど」
確かに真面目な話だ。
カーボンの見た目と同様、俺からも何か受け継いでいないか? とイーナは言う。
俺は少し考えて、スライムに聞いた。
「俺に似た格好になることは出来るのか?」
「ごめんなさい、人間さんの姿は、この姿しかなれません」
「そうなのか」
「じゃあ能力かな?」
「かもね! ちょっと取ってくる」
アリスはそう言って駆け出して、すぐに戻って来た。
取ってきたポータブルナウボードを俺に手渡した。
「能力か。よし、これを使ってみてくれ」
「わかりました」
スライムはそれを使って、能力をチェック。
すると。
―――1/2―――
レベル:1/1
HP F
MP F
力 F
体力 F
知性 F
精神 F
速さ F
器用 S
運 F
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―――2/2―――
植物 F
動物 F
鉱物 F
魔法 F
特質 F
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「レベル1なのです……」
「Sもあるじゃん!」
エミリーとアリスがそういい、イーナがにやりと笑った。
「やっぱり娘ね」
すると、セレストとエルザがまたしても、絶望のどん底に突き落とされた、そんな顔をしてしまうのだった。