438.共同作業の結晶
シクロダンジョン協会、会長室。
訪ねてきた俺は会長のセルと向き合っていた。
セルは俺――の頭の上に乗っかっているそれを見つめていた。
「スライム……か?」
「ああ、スライムのユニークモンスターだ」
俺は頷き、セルに事情を説明した。
「俺の周りにいるモンスターは、他の人よりもユニークモンスターになりやすい――は、あんたから聞いた話だったな」
「うむ。サトウ様の波動が凡夫どもよりも強く、モンスターに強い影響を与えることは議論の余地のないことだ」
「カーボンのダンジョンを夜間もモンスターが出るようにするには、カーボンの存在そのものをコピーしたモンスターを精霊の部屋に置くことで成功した。で、考えた訳だ。それで俺をコピーして、しかも大量にコピーすれば、あっという間にユニークモンスターが出来るんじゃないかってな」
ここまで説明して、それで状況が理解できたセルは腕組みしてしきりに頷いた。
「なるほど、理にかなっている。やはりサトウ様はすごい。ユニークモンスターすら、意図的に作り出してしまうのだからな。そのような事をやってのけたものは未だかつていなかった」
「そうなのか?」
「ハグレモノを『飼う』人間の中ではそれを望むモノもいる。俺だけの、私だけのかわいい子。というのを望んでな」
「なるほど、わかる気がする」
一部のハグレモノは人間になつく、そしてしかるべき手続きをすれば、ペットと同じように飼うことが出来る。
そうなると、自分が飼っている子が唯一無二の、他とは違う存在だって望む人は当然出る。
「が、そうならない事がほとんどのなか、サトウ様は実にあっさりと、しかも狙って変化させたのだ。さすがと言うほかない」
「カーボンの協力があってこそだけどな」
「それを思いついたのは紛れもなくサトウ様」
「キキー♪」
ユニークモンスター・スライムは俺の頭の上に乗っかったまま、上機嫌な声を出した。
完全に俺に懐いてる、変化した直後からそうだったから、俺は安心してセルの所に連れてきた。
元からかわいげのあるスライムだ、それがユニークモンスター化で更に可愛らしくなって、その上俺に懐いている。
この姿を見れば、十人中十人が無害だと判断するだろう。
予想通り、セルもわずかに眼を細めて、微笑ましくスライムをみた。
「と言うわけで、この子を飼う許可をもらいたい」
「すぐに発行させよう」
「悪いな」
「いや、ハグレモノを飼う許可は飼い主の信用度がモノを言う。サトウ様の申し出を却下する人間はこの街には存在しない」
かなり信用されていると言うことか。
それがありがたくて、ちょっとだけ責任重大だな。
「しばし待っていてくれ、余が許可を受け取ってくる」
「頼む」
セルは頷き、立ち上がった。
瞬間、彼の懐から何かが床にゴトン、と音を立てて落ちた。
また俺の銅像かよ……と思っていたら。
「なんで俺とカーボンの銅像なんだよ!」
「こ、これは違う! 違うのだ!」
セルは慌てて拾って、懐にしまい直した。
「サトウ様の初めての共同作業の記念とか、そういうのでは決してないのだ!」
「語るに落ちるってやつだよなそれ! わざとか!?」
盛大に突っ込む。
そしてははあ、とため息をつく。
いつもの事ながら、セルのそれは早い。
というか、俺が説明するまでもなかったって事じゃないか。
「まったく」
「ごほん……いやしかし、すこし残念でもある」
立ち上がったセル、咳払いでごまかしつつ、話題を変えた。
「残念?」
「初めての共同作業なら、スライムではなくサトウ様のご息女が良かった」
「いやいや、良かったって言われても……」
「精霊はきっとそのつもりだったであろう」
「いやいや、俺たちがどうこうじゃなくて、そもそも出来るかも分からない精霊と人間だぞ」
「それが最大の障害、最大の試練」
「あんたどこまで知ってるんだよ!」
声が裏返る程の勢いで突っ込んだ。
たしかにそれは試練っていえるし、むしろカーボンが聞いたら活き活きとしてその気になりかねない。
「いやはや、まったくもって残念だ」
「まったく……」
「……キキー」
ユニークモンスター・スライムがないて、俺の頭から飛び降りた。
そのままピョン、とセルに飛びついた。
「むっ!」
セルは避けようとしたが、避けきれなかった。
懐にしまった銅像が床に再びゴトリと落ちる。
ユニークモンスター・スライムはそれを呑み込んで――消化してしまった。
しばらくして――変化が起きる。
スライムのボディが質量保存の法則を無視した感じで膨れ上がり、六歳程度の、幼稚園児だか小学生だかの姿になった。
小さいが、それはカーボンにそっくりだった。
「人間の姿に変身できるのか」
「いや、これは……精霊・カーボンの娘……っ」
「え?」
驚く俺。
直後、小さなカーボンそっくりに化けたスライムは、俺に飛びついて、抱きついてきた。
まさしく、「愛娘」にふさわしい仕草だった。