436.本拠地拡大
夕方、カーボンダンジョンからカーボンを連れて帰ってきた俺。
ひとまず自分の部屋に戻って着替えて、夕飯まで休憩するか――と思っていたら。
カーボンが、俺について来てるのに気づいて、立ち止まって彼女に振り向いた。
「なに、どうした?」
「いや……なんかいま、あることを思い出しそうなんだが……」
体ごと振り向いて、腕組みして首をひねる。
勘違い――って訳でもない。
思い出せないだけで、確実に何かがある時の感じだ。
こういう時は、直前までの行動をもう一度やると思い出しやすい。
俺は一旦転送部屋に戻って、不思議そうな顔をするカーボンをよそに、さっきまでの行動を再現した。
転送部屋を開けて、向こうに行って、ミーケに頼んでカーボンを連れ戻って来た。
ニホニウムとアウルムの所にいくミーケを送り出して、伸びをして自分の部屋に戻る――部屋?
そこが引っかかった、そしてバッチリ思い出した。
俺はカーボンの方を向いた。
「カーボン、あんた、部屋は?」
「部屋? ダンジョンにあるよ?」
「そうじゃなくて、こっちの部屋」
俺はそう言って、ちらっと背後を見回した。
どう見てもダンジョンには見えない、バナジウムダンジョンの廊下。
そこはかつての屋敷を模した造りになっていて、仲間達の部屋に繋がるドアがいくつもある。
その中に――カーボンのがない。
「そうだよ、カーボンの部屋がまだだよ」
「あたしの?」
「ほら、こういうの。あそこがニホニウムで、あっちのがアウルム。皆部屋を持ってるけど、カーボンのだけないだろ」
「そういえば」
カーボンも、俺に言われて初めてないと気づいた。
まったく気づいていない=気にしてない事もあって、気づいた後もカーボンはまったく気にしていなかった。
逆に俺はものすごく気にした。
「バナジウムにいって作ってもらおう。どこがいい? それにどういう部屋がいい?」
「うーん、よく分かんない」
「何か希望はないのか? 大抵の物はバナジウムが作ってくれるぞ?」
「うーん、あっそうだ」
カーボンはポン、と手を叩いた。
「思いついたか」
「うん。あんたと出来るだけ離れたところがいい」
「離れた所?」
「試練だから」
「……家に帰ってきてまで試練する事ないんだぞ」
「だめだよ、こういうのはいつもやってないと意味ないじゃん。近くて遠い、会えるのに会えない。これ最強!」
「お、おう」
力説するカーボンに、逆に俺が圧倒されてしまった。
言いたいことはわかるが……うーむ。
まあ、本人がそれでいいって言うのなら、別にいっか。
「オーケー。後でバナジウムにいって、俺の部屋の反対側に作ってもらおう。サロンを挟むといいかな」
「おお」
カーボンはめをキラキラさせた。
「夜サロンでダベったあと、解散する時は反対方向だ! いいね」
「ブレないなあ」
ここまで来るといっそ清々しい、俺もおもしろいなと思うようになった。
そのまま俺は部屋に戻って、カーボンと別れて着替えをすます。
サロンにでも行って、皆が帰ってくるのを待つかなと部屋を出たところ。
玄関で、アリスが外から帰ってくるのと遭遇した。
「お帰り」
「ただいまリョータ」
「どこに行ってたんだ? こっちから帰ってくるなんて珍しいな」
「ちょっとね。周りの土地が売り出されてたからさ、話を聞いてきたんだよ」
「周りの土地?」
俺は首をかしげた。
「ほら、屋敷の東側。ちょっと前から人が住んでなかったじゃん?」
「ああ、ご年配の方が住んでて……別の街にいる息子さん夫婦の所に行ったんだっけ?」
「そそ、それそれ。それが売り出されててさ、値段を聞きに行ったんだよ」
「どれくらいだ?」
「土地込みで三億ピロだよ」
「結構するな」
「あはは、それはリョータのせい」
「うん? なんでだ」
「リョータが来てから、シクロの土地の価値うなぎ登りなんだもん」
「……ああ」
何となく因果関係が分かった。
土地の価値は、街が栄えていればいるほど上がる物だ。
もちろん厳密にはちょっと違うが、住む人々が儲かる――シクロの場合いくつもダンジョンが増えて冒険者も増えた、金の巡りがよくなった。
そんなシクロだと、土地の価値が上がるのは当然だ。
「この周りの土地だからさ、買っておいてまとめちゃうのもいいかなっておもったんだ」
「そうだな」
それはかなり、心惹かれる話だ。
この屋敷の土地、旧屋敷とバナジウムダンジョンがあるこの土地は、リョータファミリーの本拠地だ。
陣取りゲームのように、本拠地を広げていくという行為は、実質的な意味はないだろうけど、その行為そのものに意味がある。
わくわく感と――充実感をおぼえる。
「どうしたんですか? こんな所で」
「エルザ」
背後から、帰宅してきたエルザが話しかけてきた。
アリスはざっくりと、今の話を説明した。
「なるほど、いよいよ売り出されてたんですね」
「チェックしてたのか」
「はい、そろそろかな、と思いました」
なるほどな。
その辺はさすが商売人、って所か。
「あそこなら欲しいけど、今の俺じゃ買えないしな」
「え?」
「え?」
え? って言ったエルザの顔を見た。
何を言ってるんだ? って顔を彼女はしている。
「買えないって? どういう事ですか?」
「キャッシュがあまり無いからって意味だけど? バナジウムダンジョンの賃料払ったし、今年に入ってから色々あってあまり稼げてないからな」
「……リョータさん、自分の貯金残高って見てます?」
「いや、見てないけど」
「やっぱり……今十五億ピロ持ってますよ」
「……え?」
俺は言葉を失った。
「すっごーい! そんなに持ってるんだ」
アリスは興奮した。
「いやいや、え? そんなにもってんの?」
「はい。だって私、リョータさんがドロップ品を送ってきた時に入金するから、いつも見てますもん」
「……そうだった」
というか……俺よりエルザの方が俺の預金残高を把握してたのか。
「だから足りますし……買っても、桁、変わりませんよ?」
「ますますすごいじゃん!」
言葉通りますます興奮するアリス。
そういうことなら……。
「買ってしまうか」
「いいね」
「はい」
アリスとエルザは、笑顔で頷いたのだった。




