435.更なる配当
夜。
屋敷の転送部屋の前で、俺はカーボンと二人っきりでいた。
カーボンはやっぱり俺から少し離れている。
離れていながらも、熱烈な視線で俺を見つめている。
ありがちな、恥じらいから思い人に声を掛けられない乙女、というのとは全然違って。
彼女はすっかり、セレストが話した「試練」を気に入っていた。
同じ空間にいても、あえて距離を取って俺を見つめる。
それがすっかり気に入って、言い方は悪いけど、つらいのをあえて楽しんでいるから、ちょっとMチックなのを感じる。
それはそれで、本人が気に入ってるのならいいんだけど。
「本当にそこでいいのか?」
「うん! ここにいる」
「そうか」
カーボン本人が強くそう望むのなら、まあしょうがない。
あえて彼女を無視しつつ、転送部屋の前でしばらく待った。
今、仲間の皆で精霊のいないカーボンダンジョンを攻略してもらってる。
本当は俺もいきたかったが、皆が任せてくれと言い出した。
ここは任せて、とにかくくるな、三階には特に来るな――全員に念押しで言われた。
押すな、絶対押すなよ、とオヤクソクを思い出す一方で、何となく鶴の恩返しも思い出してしまった。
のぞいて何が起きるのか分からないが、皆がそこまでいうのなら素直にここで待とう。
そうして待つことしばし、転送部屋が光って、セレストが戻って来た。
彼女の周りには糸操作の+9バイコーンホーンが多数浮かんでいる。
俺でも手を焼くだろうそのフル装備で、セレストは当然のように、無傷で悠々と戻って来た。
「どうだった?」
「ばっちりね」
セレストは微笑みながら、青リンゴを俺に差し出してきた。
最初に突入した時にも見た、カーボン一階のドロップ品だ。
「ちゃんと出てたわね、モンスター。強さもドロップも、前となんら変わらないわ」
「普段通りって事か」
「そうね」
俺は頷いて、更にまった。
すると、エミリー、アリス、イヴが次々と戻って来た。
三人はそれぞれ別の階層にいって、セレストと同じようにドロップ品を持ち帰ってきた。
「すごいです! 精霊がここにいるのにダンジョンはモンスターがいたです!」
「ねー。すっごい事が起きてるよねカーボン。他の冒険者達は何も分かってなくて普通にまわってたけどさ」
「ヨーダさんのおかげですごい事が起きてるって皆に教えたいです」
「別に良いさ。これで解決したんだから。それよりもサロンに戻ろう。エミリー、皆が取ってきたドロップ品でなにか作ってくれないかな」
「お任せなのです!」
エミリーはハイテンションで請け負った。
皆がドロップした物を受け取って、エミリーはキッチンにパタパタと走って行った。
セレスト、アリス、イヴの三人はサロンへ向かった。
さて俺も……と思ったところ、転送部屋が更に光った。
今度はエルザが戻って来た。
冒険者ではないが、エルザとイーナは買い取り所に向かう時、転送部屋をつかってダンジョンを中継所にして向かう。当然戻ってくる時もだ。
「お帰り、エルザ」
「ただいまです」
「どうした、いいことでもあったのか」
「はい」
エルザは嬉しそうな顔で、はっきりと頷いた。
「ありがとうございます、リョータさん」
「うん? いいことがあったんじゃないのか? なんで俺にお礼を?」
「アルカンから戻って来たんです」
アルカン――セレンとカーボンをまとめる為に作っている、新しい街の事だな。
「リョータさんのおかげで夜でもモンスターが出るようになりました」
「ああ」
「それ、私達がリョータさんに伝えた、っていうことで、アルカンの一等地に出店する事が決まったんです」
「なるほど、良かったな」
一等地、というのはかなり大きい。
実利的にも、ブランド的にも。
元の世界でも、たまに渋谷とか原宿とかといった、超一等地に「こんなものをいくら売ってもテナント料赤字だろ」という店がある。
そういうのは大抵、ブランド物のショップだ。
店単体では赤字でも、超繁華街の超一等地に店を出していると言うことがブランドイメージの向上になる。
つまりは広告、CMをうってるのとおなじだ。
それだけ、商売にはイメージが大事。
「はい! 本当に一番いいところに出させてくれる事になりました! リョータさんのおかげです!」
「どういたしまして」
「あの、それでですね」
「うん?」
「あそこにお店を出せるのはリョータさんだから……売り上げの一部、もらって欲しいな、って……どうですか?」
「配当ってことか?」
「はい」
「そうか」
俺はうなずいた。
これも、商売上当然――最低でも妥当な話だ。
だから俺は断らなかった。
「ありがたく受け取るよ」
「――はい! ありがとうございます!」
受け取るのはこっち側なのだが、エルザはまるでもらう方なのかってくらい、ものすごく嬉しそうにした。
これで、また、継続的な収入源が一つ増えた。