433.カーボンの営業時間
夜、いつもの様にサロンで仲間達と集まっていると、夕飯の時はいなかったエルザとイーナが部屋に入ってきた。
「おかえりなのです」
遅れて帰宅する二人に、エミリーは真っ先に立ち上がって、バタバタと走って行った。
「ご飯は食べてきたです? すぐに温められるですよ?」
「大丈夫ですよ」
「ありがとうエミリー。それよりもリョータさん」
エルザとイーナはこっちに向かってきた。
エルザはすごく困った顔で、イーナは微苦笑を浮かべている。
エルザはともかく、イーナまで困り顔をしてるのは珍しいな。
「どうしたんだ?」
「ちょっと相談が……カーボンのことで」
エルザはそう言い、少し離れた所で正座して、キラキラしている目で俺を見つめているカーボンをちらっとみた。
イーナもそれを見て首をかしげた。
「それよりも、何故彼女はそんなところで正座をしているの?」
「さっきセレストにいわれたんだ。えっと……『近くにいるのに遠い、ふれられそうでふれられない距離で見つめるだけ。さわりたいのをガマンすればするほど触れた時の嬉しさが大きい』……だっけか」
「うっ……」
カーボンとは反対側にいるセレストが決まりの悪そうな顔で顔を逸らした。
「ははーん、そういうことね」
イーナは訳知り顔の小悪魔な笑みを浮かべた。
「それで大人しく離れてる訳ね」
「アリスが無邪気に『試練っぽい!』って感想を言ったからな」
「なるほど」
「それより、カーボンがどうしたんだ?」
話が思いっきり脇道に逸れたので、改めてエルザに問うた。
「あっ、はい。その……アルカンの話なんですけど」
「単結合?」
このパターンは街の名前かな。
「えっと、セレンとカーボンで作る新しい街の名前です」
頷く俺、やっぱり街の名前だったか。
「それがどうしたんだ?」
「その、カーボンも夜にモンスターが出るようにしてくれないかって。多くの冒険者からお願いがあって」
「夜も?」
「なになに、営業時間の話?」
別の所で、すっかりお気に入りのモモを頬張っていたアウルムがよってきた。
彼女がリョータファミリーの精霊第一号だ。
外を見たいって事で、当時まだミーケがいなかった頃から、俺が朝と夕方に送迎をしていた。
それはアウルムダンジョンで色々あって、夜にモンスターが出ないようにしようって話になった結果でもあるんだが。
ともかくそういういきさつがあったこともあって、アウルムは似たような話を聞きつけて向こうからやってきた。
「はい。今って、夕方になるとリョータさんが迎えに行って、その後はもう、朝までモンスターが出ないじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「それだと皆あまり稼げないって。カーボンは深いから、目当て階層に行くだけで時間がかかるって」
「ああ……」
なるほど。
たしかカーボンは……全部で100階を超えるくらいあるんだっけ。
そりゃ移動時間も長くなる。
「それで相談を持ちかけられて」
「まっ、これもあって私達をアルカンに誘ったんだろうけどね」
イーナは手のひらを上にして肩をすくめた。
「もちろん皆リョータさんとアウルムちゃんのこと分かってるみたいです。理不尽なこととかしないから、何とかならないかって」
「なるほど……とは言え……」
俺はカーボンの方を見た。
今でも離れた所でじっと正座しているカーボン。
「……エサを前に『待て』されてるわんこの姿に見えてくるな」
「うっ……」
反対側にいるセレストがまた呻いた。
こっちは自分の言ったことで胸を痛めているようだ。
「なに? 私がどうかした?」
「ここじゃなくて、夜はもっと長くダンジョンに居れない? って相談だね」
アウルムが割とシンプルに内容をまとめて、カーボンに説明した。
「もっと長く?」
「そっ、ここにいるとダンジョン止まっちゃうからねー」
「そっか……分かった!」
「「「えっ?」」」
仲間達が声を揃える程びっくりした。
意外や意外、カーボンは実にあっさりと請け負った。
「いいのか?」
「うん! それも試練になるから」
「うぅ……」
セレストがますます呻いた。
今にもその場でのたうち回り出しそうな勢いだ。
「あっちは自縄自縛だからひとまずほっといて。どうする、リョータさん」
イーナが俺に意見というか、この場合ほぼ最終決定を求めてきた。
カーボンはいいと言った、「試練」と言うことで納得している以上、本人はそれも蜜に変えてしまうだろう。
後はこのファミリーのボスである俺がうんといえばそうなる。
なる、のだが。
「それはなんか切ないよな」
「そうね、ただ」
「ただ?」
「カーボンで生産できる時間が短くなるのは確かにまずいのよね。他の皆と違って」
イーナはそう言って、ぐるりと、サロンにいる精霊達を見回した。
他の皆――他の精霊。
アウルム、ニホニウム、フォスフォラス、バナジウム。
確かに、この四人のダンジョンは、なくても皆の生活は困らない。
アウルムは黄金、なくても構わない贅沢品だ。
ニホニウムは最初からドロップなんてしてない。
フォスフォラスはむしろいると冒険者達に良くないから、頼んでダンジョンにいないようにしてもらった。
バナジウムも無理やり別の人間に排除されたクチだ。
それに比べると、カーボンは果物とか野菜とか、植物のダンジョンだ。
しかも――100階層を超える。
いわば穀倉地帯となり得るダンジョンだ。
止まるのは……確かに良くない。
しかし、だからといって。
「試練」だとして彼女だけを、皆が集まってるこの夜の時間帯にダンジョンに戻すのは気が引ける。
「なにかいい方法はないかな……」
俺のつぶやきに、仲間が一斉に首をひねった。
「……カーボン」
ふと、呻いて、悶えて、自分の発言に後悔し続けていたセレストが立ち上がり、カーボンの目の前に立った。
「何?」
「あなたの所、100種類以上のモンスターがあるのよね」
「うん」
「能力も皆違うのよね」
「それが?」
「リョータを相手に、あなたの姿に化けられるモンスターは存在する?」
「「「――っ!」」」
全員が驚き、そしてはっとした。
もしかしたら、彼女自身の能力で上手く行くかもしれない。




