432.営業拡大
プルンブムダンジョン、精霊の部屋。
カーボンの一件の間も、毎日欠かさずにここに通っていた俺。
当然のことながら、忙しくなってる時はその話が多くなりがちで、今日もカーボンで受けた「試練」のことをプルンブムに話した。
表現を変えれば、プルンブムからすれば「別の女」の話だが、彼女はまったく不快になることなく、ずっと俺の話に耳を傾けていた。
「なるほどのう……流石というべきじゃな。また一人精霊を手懐けたわけじゃ」
「お前が手懐けたとか言っていいのか」
「わらわだから言うのじゃ。そなたが言えば角が立つじゃろ?」
「それもそうだ」
本人がそういうのなら問題はない。
いやまあ……今どき本人の意志関係なく、善意の第三者団体が出しゃばることもある世の中だから、油断も出来ないが。
まあ……こっちの世界は大丈夫か。
「お前はいいのか?」
「何がじゃ?」
「前も聞いたけど、うちに来るつもりはないのか?」
「前にも答えたが、そのつもりは毛頭無いのじゃ。むしろますますそう思うようになったのじゃ」
「ますます? なんで?」
「そなたに来てもらうのがこの上ない贅沢、それが分かったのじゃ」
「そうなのか?」
「うむ、そうなのじゃ」
プルンブムは楽しげに言い切った。
まあ、本人がむしろこっちがいい、と言うのなら俺は何も言うことは無い。
毎日仕事に行く前にこっちによるだけだから、別に負担とかじゃないしな。
「そなたは本当、与えるのが好きだのう。エミリーなる者からしてそうじゃったのう」
「俺は、返してる、ってつもりなんだけどね」
「それがどれほどすごい事なのかそなたは分かってないとみた」
「うーん」
いや、言わんとすることは分かるけど。
それほどか? とちょっと首を傾げたくなった。
☆
夕方、ダンジョンでの稼ぎが終わった後、カーボンを迎えに行って、一緒に屋敷に戻ってきた。
転送部屋からまずは自分の部屋にもどって一息つこう、と思っていたら、廊下で浮かない顔をしているエルザと遭遇した。
「ただいまエルザ」
「え? あっ、お帰りなさいリョータさん」
「どうしたんだ? 浮かない顔をして」
「えっ?」
「ため息が廊下の向こうからも聞こえてたぞ」
「えええ!? そ、そんなにですか」
俺は静かに頷いた。
すると、エルザは顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
「うぅ……恥ずかしい所を見せてしまいました」
「何かあったのか? 俺で力になれるのならなるぞ」
「……ごめんなさい」
エルザは一旦俺を見つめたが、何故か変な顔で目をそらしてしまった。
「大丈夫です」
「そうそう、大丈夫なのよ」
「ひゃっ!」
後ろからいきなり、イーナが現われて、エルザの肩に手を回して寄りかかった。
そのまま親友の肩の上に顔を乗せたイーナ、こっちはいつもの様に、小悪魔的な笑顔を浮かべている。
「イーナ。エルザが悩んでる内容知ってるのか?」
「うん。すっごくつまんないことだってこともね」
「イーナ!」
「だってそうじゃないの」
「それは俺が聞いてもいいことなのか?」
「もちろん」
イーナははっきりと頷いて、実にあっけなく話してきた。
「セレンとカーボンの所に街を作るって話あるじゃない、そこにうちも――『金のなる木』も出店してくれってお願いがきてるの」
「いい話じゃないか」
「でもエルザは断った」
「え? 何で?」
「だ、だって……」
エルザはさっきよりもますます落ち込んだ顔で、若干恥ずかしそうな色も滲ませて俯いた。
両手の人差し指をくっつけて、もじもじしている。
一方で、やっぱりイーナはあっけらかんと言い放った。
「ぶっちゃけ、リョータさん目当てなのよ」
「俺?」
「そ、私達はオマケ。リョータファミリーの私達があそこに支店をだしたら、当然のようにリョータさんがケツ持ちになるって思惑があるのよ」
「うぅ……」
「それを知って、こうやって複雑な顔をしてるわけ」
エルザをみた、恥ずかしそうに目をそらされた。
どうやらイーナの言う通りみたいだ。
「それは嫌なのか?」
「だって、リョータさんに迷惑を掛けてしまう」
「嫌じゃないんだな? ほら、俺のオプションになってるからとか、そういう意味で」
「それはないです! だって、リョータファミリーだから!」
「じゃあ問題はないと思うな。というか、例えエルザたちが新しい街に出店しなくても、何かあれば力を貸すと思うし」
「ほらね、私の言った通りでしょ」
イーナはそう言って、後ろからもたれ掛かったまま、エルザのほっぺをつんつんする。
やっぱり仲のいい二人だな、と何となく思った。
エルザは少しだけ考えて。
「じゃあ……がんばります」
「うん、がんばって」
金のなる木は、新しい街にも進出が決定した。
二人の年商は、ますますあがっていきそうだった。