431.リョータのシレン
夕方になって俺は転送部屋をつかってセレンの地下一階を経由してカーボンに入った。
すっかり活気が出てきて、冒険者がひっきりなしに出たり入ったりするカーボンに入った途端。
空気が一変した。
青白く淡い光を放つ壁や地面は変わらないが、そこには冒険者は誰もいなかった。
目に見えているだけじゃない、感覚的に誰もいないと分かる。
ダンジョンに冒険者がいる場合、常時どこかでモンスターが倒されて、何かがドロップされる。
そしてドロップした瞬間ハグレモノ度は進行して、大抵、冒険者がそれを回収するまで99%か98%くらいにはなる。
能力の感覚がさらに鋭敏になった俺は、ハグレモノ度そのものが存在しない=冒険者がだれもいないと間接的に分かってしまう。
考える間もなく、モンスターが現われた。
黒い物体で出現した次の瞬間、それはエルザに変身した。
「むっ」
変身と同時に買い取り屋のカウンターらしきものが出現して、その上にたわわな胸を載せてニコニコと微笑む。
それだけで、攻撃はしかけてこない。
攻撃をしかけてくるエミリーやセレスト達よりも、ある意味戦いにくい相手だ。
とは言え、モンスターはモンスター、俺は銃を抜――こうとして気づく。
銃がなかった。
グランドイーターのポケットの中は空だった。
四丁の銃も、山ほどの弾丸も、その他の便利アイテムも。
何もかもがなくなっている。
「そういうことかぁ」
何となく分かってきた。
ここはカーボン。
通常のカーボンとは違う、俺に試練を与えるだけのダンジョン。
いわばアナザーカーボンって所か。
おそらくここに入った瞬間に、俺の装備は総て取り上げられた。
「ごめん!」
必要はないが、感覚的にエルザに謝ってから、肉薄してパンチを放った。
エルザの姿をしたモンスターは吹っ飛ばされ、地面にバウンドしながらすっ飛んでいった。
それが壁に当って止まり――そのまま消えた。
引き離されたカウンターも同じタイミングで消えた。
どっちが本体なんだろうか、なんて余計な疑問が頭に浮かんだりもした。
今の一発で分かった。
アイテムはなくなったが、能力はそのままだ。
感覚的に体に染みついた、オールSSの力と速さ。
そっちはそのままだった。
そして、ドロップは通常弾だった。
消えたカウンターの方――こっちかよ!
そこに落ちている弾丸を拾い上げると、いつも使い慣れてる通常弾だった。
弾だけあっても――いや違うな。
弾が先にドロップしてもなあ、って思った。
この世界は、ドロップが総てダンジョンからっていう点以外では、俺がもっている知識、ゲーム的な常識にそった事が多い。
入場時にアイテム全没収、モンスターを倒して持っていたものがドロップされた。
今までの経験からして、モンスターを倒して次々と装備を取り戻していく、というのは当たり前のように判断出来る。
俺は通常弾をポケットに入れて、更に進む。
またモンスターが現われて、今度はイーナに変身した。
イーナはからかい三割、本気っぽく見えるのが七割という、いつものような色気のポーズをしながら向かって来た。
さっきのエルザに比べてなんとなくヤバそう、ってことで俺は手を突き出して。
「リペティション」
魔法を唱えた。
魔法もそのままのようだ。
リペティションが効果を発揮して、イーナの偽物が弾けて吹っ飛ぶ。
今度は回復弾がドロップされる。
「そうか……銃と回復弾が揃うまでは、魔法も温存した方がいいのか」
最悪の場合、一発で全魔力を必要とするダンジョンマスターが出てくるかもしれない。
それに備えて、MPは温存した方がいい。
俺はダンジョンを更に進んだ。
今まであった人間やモンスターたちに変化していくモンスターを倒していく。
俺が見たことがある、その一点以外まったく法則がないくらい、いろんなのが出てきた。
「げっ!」
ネプチューンの偽物を倒した後、何もドロップしないことを不思議に思っていると、グランドイーターのポケットに収納していた、今までにドロップしたアイテムが全部なくなっていることに気づいた。
こういうのもあるのか……まああるよな。
これもまた、俺が持っている知識からすれば、まあそうだよな、くらいの現象だ。
集めていく過程で、全部失うこともある。
幸いにしてアイテムを総て失ったが、、シャドーボクシングしてみた感じ能力は変わってない。
それでも何かで能力が下がる可能性もあると考えて、俺は更に慎重にダンジョンをすすめていく。
☆
「おっ、ここは」
「やった!」
辿り着いたそこは、見覚えのある、カーボンの精霊の部屋だった。
そこに入った途端、クリアした俺よりも、むしろカーボンの方がうれしそうに、俺にタックルするくらいの勢いで抱きついてきた。
「見てたよ、すごいよ! あれを楽々クリアしてくるなんて、やっぱり運命の人だ」
その後、送迎の為にミーケが転送部屋をつかって来るまでに、カーボンはものすごく嬉しそうにしていたのだった。