418.さらなる成長
あくる日の昼下がり、朝にプルンブムの所に行った後、バナジウムを連れて街に出た。
街角のカフェのテラス席で、コーヒーをゆっくりすすりながら目の前の光景を眺める。
と言うより、訓練だ。
アリスという前例がある、ハグレモノになる度合い――進行度が分かるこの能力も、鍛えれば上達するんじゃないかと思った。
そこで街にでて、無規則な人々と、それに影響されるものの進行度を観察した。
最高ならシクロ全域をカバーできる感覚を絞って、目の前に見えるものだけを見る。
あれはまったく進行してない、こっちはちょっとだけ進行してる。
八百屋の主人が接客で店の中をいったり来たりしてると、カウンター奥の金庫の度合いが増えたり減ったりしている。
感覚を絞ったおかげもあるのか、徐々に、気配の変化が細かく分かる様になった。
最初は三段階だった。
感覚的には赤青黄色の、信号機のような三段階。
それがみつめる度に徐々に細かく分かる様になっていき、今はおよそ100段階――パーセンテージで分かる様になった。
目の前を通っていく通行人がきている服は100%。
俺が注文したコーヒーのカップやバナジウムが美味しそうに食べているケーキの皿は、触るのと触らないのとで、100%から99%をいったり来たりしている。
そこまで細かく見えるようになってから分かったことが二つ。
まず、ハグレモノになるかどうかの影響にならないが、人間が触れるのと触れないのとではちょっと違いが出る。
ふれていると100%までもどって、ふれないで近くにおいてるだけだと99%までにしか戻らない。
そしてもう一つ、こっちはハグレモノになるのと少し関係がある。
人から離れ、徐々にパーセンテージが下がっていくものは、再び人が近づいたり触ったりすると回復するが、一気に100%まで回復する訳じゃない。
徐々に徐々に、スマホの充電のように徐々に回復していく感じだ。
ちなみに直にさわってると回復が早く、近くにいると若干遅い。
しかし……こうして見るとやっぱりそれありきの世界だなあ。
何度かハグレモノの被害に遭ってきたシクロ。
俺の目に見えているものは、ほとんど全部、パーセンテージが安定していた。
減ったり回復したりするものもあるが、長い目――一時間とかそういう単位で見るとパーセンテージが減らなくて安定している。
ダンジョンから全てがドロップされる世界、人がいなければハグレモノ――モンスターに戻ってしまう。
そしてそうならないように。
家はそのように作られ、ものはそのように置かれ、人間はそのように生活している。
新しい能力で更にはっきりと見えて、この世界がますます面白くなった。
ふと、背後から気配が近づいてくるのを感じた。
パッと振り向くと、エミリーとケルベロスが見えた。
「エミリー達か。散歩か」
「はいです。でもびっくりしたです。私達が近づいてるのが分かったです?」
「ああ、というかハグレモノ――ケルベロスの気配を感じたんだ」
「僕のですかご主人様」
「ああ」
頷きつつ、ケルベロスをなで回す。
サイズは規格外に大きいが、フォルムももふり具合も犬のまま。
撫でられて喜ぶ仕草もそのままだ。
一方、リードを持っているエミリーは少し考えて、驚いた顔で聞いてきた。
「ヨーダさん、ハグレモノが分かる様になったです?」
「……あっ」
指摘されて、俺も初めて気づいた。
「そうか、ゴーレムの時とか孵るまでのことしか分からなかったのに」
「はいです。またすごくなったです!」
エミリーは天使の笑顔で俺を祝福した。
いつの間になったんだろう、多分だけどパーセンテージが分かる様になったあたりかな。
俺は目の前から、感覚を広域に――シクロ全域に広げてみた。
すると、ついさっきまでは分からなかった、各地にいるハグレモノの存在が分かる様になった。
「うん、分かる。シクロにいる全部のハグレモノが」
「すごいです!」
「練習は無駄じゃなかったみたいだ。それよりエミリー、ついでに買い物だったのか?」
エミリーの手元を見る。
リードを持つのと反対側の手が、買い物袋を下げている。
「はいです、夕飯のお買い物なのです。ケルベロスちゃんのおかげでいい肉が買えたです」
「ケルベロスの?」
「いいにおいするのを選びました」
ケルベロスが答える、なるほどわんこの嗅覚か。
体を乗り出して、買い物袋の中をみる。
「八百屋、肉屋、八百屋の順かな」
「えっ、なんで分かるです?」
またびっくりするエミリー。
俺はパーセンテージの感覚と、回復が一気にマックスまでじゃない、徐々にしていく事を話した。
「それで回復度合いを見たら、野菜、肉、野菜だったから」
「なるほどなのです。それはすごく便利そうな力だと思うです」
「そうだな、使い道を考えよう。さて」
俺は立ち上がった。
ケーキを食べ終えて暇そうにしているバナジウムに手を差し伸べる、バナジウムは俺の手を取った。
「買い物、付き合うよ」
「はいです!」
嬉しそうなエミリーと並んで歩き出す。
俺がバナジウムと手をつなぎ、エミリーはケルベロスのリードを取る。
理想的な家族の休日、って感じがする。
その間も、俺はエミリーとおしゃべりをしながら、周りを注意深く見ていた。
育ちつつある能力、もっと育てていこうと思うからだ。
ふと、気になるものが目に入って、足が止まった。
すこし先にいってから、エミリーは俺の事に気づいて、同じように足を止めて振り向く。
「ヨーダさんどうしたですか?」
「あの肉……」
俺が指さしたのは、肉屋のショーケースに入った美味しそうな肉の塊だ。
それは肉屋の主人がずっとそばにいるのにもかかわらず、50%でとまってて、そこから回復してない。
50%でびったり張り付いたまま動かない。
「おっ、お客さんこれですか、お目が高い」
こっちの視線に気づいて、肉屋の主人が営業スマイルを浮かべて話しかけてきた。
「特殊な肉なのか?」
「ええ。今日入荷したばかりの、超希少、五回転生の熟成肉なんですよ。五転ものは年に一回くらいですかね、入ってくるの。どうですかお客さん、せっかくですから包みましょうか」
「これをみただけで分かったですか? すごいですヨーダさん」
笑顔のエミリーに微笑み返しながら、俺はこれがどういう事なのかを考えた。