415.覚醒
徐々に感覚が開けてくる。
初めての街を歩いている時は地図を開いて、それと現実の風景をすりあわせていく事をする。
その地図が頭の中にあって、ものすごく鮮明になってる感覚だ。
「なるほど、ダンジョンそのものの構造までわかるのか」
「うん、分かるよね!」
アリスがなんだか嬉しそうに頷いた。
「でっかい地図があって、その中に自分の居場所が分かるよね」
「わかるな」
「モンスターの場所も分かって、それをどう避ければいいのかも分かるし」
「モンスターは全然分からないな」
「そなの?」
今度は小首を傾げるアリス。
「あっでも、あたしもリョータと出会った頃はそんなもんだったかも」
まるで遥か昔の事を懐かしむように、眼を細めるアリス。
「なるほど、ここから能力が成長していくのか」
「あたしはそうだった」
「そうか」
「……?」
俺と繋いでる手の力がちょっと強くなる。
不思議そうに俺を見あげるバナジウム、頭を撫でてあげた。
「バナジウムのおかげだ」
「……?」
「ありがとう、って意味だ」
バナジウムはやっぱり不思議そうに首をかしげたが、そのあとにっこりと笑った。
本人は知るよしもないが、俺は彼女にものすごく助けられた。
バナジウムとの日常を思い出していなければ、能力どころか、ここに戻って来れなかった可能性もある。
そう思えば感謝しかない。
「さっ、皆の所に戻るか」
「うん」
アリスとバナジウム、二人と一緒に仲間達の所に戻っていった。
閉ざされた入り口の所で待っている仲間達と合流、鉄壁弾で入り口をこじ開けて外に出る。
「やあ、その顔だと、収穫はあったようだね」
そして外で待っていたネプチューン達三人。
いつもニコニコと笑顔を絶やさない男が、さらに笑顔を浮かべてきた。
「ああ、多分間違いないけど、入り口が閉じてしまう原因が分かった」
「すごいね相変わらず。それで、どうして閉じてしまうの?」
俺はネプチューンに、判明した条件を丁寧に説明した。
「帰り道を更に引き戻すと、か。優柔不断な男だときついねそれ」
「あんたがそれを言う?」
彼の背後からリルの突っ込みが飛んできた。
相変わらず突っ込みに容赦が無い。
「僕は優柔不断なんかじゃないよ。キミたちがいいんだから」
「……ふん」
リルはそっぽを向いてしまったが、顔は赤い。
うーん、すごい高度なイチャイチャだな、これは。
「とりあえず俺たちは一旦引き上げる」
「そうなの?」
「ああ、入り口が消える現象さえ起きなければ、後は皆に任せた方がいいだろ」
「そこで身を引けるのも君のすごいところだ」
「それじゃ、もしまた状況が変わったら連絡してくれ」
「うん」
この場の事をネプチューンに任せて、俺たちはダンジョンに入り、転送ゲートで屋敷に戻った。
全員が屋敷に戻ってきて、転送部屋の前。
「お疲れ様なのです」
エミリーが温かい笑顔で労ってきた。
自分も出撃したメンバーの一人なのに、慈しむような笑顔で俺たちを労ってくれるエミリー。
「エミリーも、それに皆もお疲れ」
「たいした事はしてないわ」
「うんうん、それに楽しかったし」
「ボリボリボリ……バリィンッ!」
「ご飯の用意をするのです、みんなはそれまで休んでてなのです」
「あーいや、せっかくだし外で食べよう」
腕まくりして、キッチンに向かおうとするエミリーを呼び止めた。
帰宅して真っ先に労われた事で、こっちもエミリーを労いたいという気持ちが大きくなった。
「いいのです?」
「ああ」
エミリーはきっと苦もなく、皆のために豪勢で美味しい料理をささっと作るだろう。
それがエミリーだ。
だが、苦もなくやってのけるからといって、感謝の気持ちを伝えずにいて良いということにはならない。
俺は真っ直ぐエミリーを見つめて、外で、と主張した。
「あたしも賛成」
「たまには外もいいわね」
こっちの胸中を知ってか知らずか、アリスとセレストは援護射撃をしてきた。
イヴだけ「ニンジンがある店」と言ったのはいつもの彼女だが……話に乗ってくれたのでそれなりに気を使ってくれたのかもしれない。
「……はいです」
少しだけ迷うそぶりを見せたが、エミリーは笑顔で頷いてくれた。
こうして俺たちは外食をする事になった。
仲間達は一度部屋に戻った。
エミリーがハンマーを置いてくるなど、戦闘じゃなくてお出かけの支度をしてくると言った。
俺はバナジウムと手をつないだまま、玄関から外に出て皆を待った。
バナジウムダンジョンの外、旧屋敷の庭。
そこに出た俺は変化に戸惑った。
「……なんだ、これは」
急激に頭に流れ込んでくるもの。
感覚が強く刺激されて、頭痛のようなものが起きる。
いや、頭痛なんてない。
痛いかもしれないと感じるだけ。
その感覚に戸惑っているうちに、徐々に、徐々にそれが収まっていった。
すると――新しい何かが広がった。
「これは……シクロの街?」
ダンジョンの構造を感じ取れたのとほぼ同じ感覚で、シクロの街並みが、何となく分かるようになっていた。