412.再密閉からの脱出
「この階は危険だな」
「うん、いろんな意味で」
「次へ行った方がいいわね」
俺とアリス、そしてセレストの三人の意見が一致した。
唯一、自分の黒歴史を黒歴史と認識出来ていないエミリーだけ、首をかしげてキョトンとしていた。
「それじゃあ、早速下へ行こう」
「ええ。もしも出た時はリョータさん」
「任せろ、変身しきる前に倒す」
胸を叩いて、それを請け負った。
黒歴史は――一つとは限らない。
一階とか二階とかの経験からしたら、むしろ複数引き出される可能性が大。
客観的には「微笑ましい」、でも主観的には「やべえ死にてえ」となるネタが、少なくとも思いつく限り後五、六個は残ってる。
多分アリスもセレストもそうだろう。
これ以上若気の至りというかさぶたを剥がさないように、俺たちは急いで先へ進んだ。
状況を理解したから、アリスに先導してもらう。
ダンジョン生まれのスキル、エンカウント回避とマップ構造の理解。
それでほぼエンカウント無しに下の階にいけるはずだ。
とはいえ百パーセントじゃないから、俺はいつでもリペティションを唱えられるように身構えていた。
運良く、エンカウントせずに下へ続く階段に辿り着いた。
「ふぅ……」
「疲れたわ」
「俺も。冒険者始めてからで一番疲れたかもしれない」
「それならすこし休憩していくです? お茶とおやつを用意するです」
我が家の天使が魅惑的な提案をしてきた。
普通ならそれに乗っかるところなんだが。
「いや、降りよう」
「そうね、休憩するにしてもせめて下の階で」
「賛成」
「いいのです? ヨーダさん前言ってたです。もう少しだけ、もう一階だけ、はフラグなのです」
「うっ」
痛いところを突かれた。
エミリーの言うとおりだ。
「もうちょっとだけ」っていって、引き際を見誤ってやらかしてしまうっていうのはよくあること。
数年前に「帰ろう、帰ればまた来れるから」がリバイバルブームになってからはよりこの考え方が当たり前の事になった。
「だがしかーし!」
「人は時には勇気ある一歩を踏み出す必要がある」
「それはいつなの? 今でしょ」
セオリー通り休む事を提案するエミリーに、俺とセレストとアリスは必死に迫った。
「わ、分かったです」
その結果、珍しくエミリーが戸惑い、俺たちは休まずに、地下五階へ潜る事にした。
新しい階。
先頭はバナジウムを連れている俺。
その後にセレスト、エミリー、そしていつでもりょーちんをよべる準備をしているアリス。
その順で階段を降りていった。
カーボンダンジョン、地下五階。
「……ん?」
「どうしたのリョータさん」
「なんか……違くないか?」
「え?」
「なにが違うです?」
「うーん」
「あたしもそう思う、なんか分かんないけど違う」
「だよな」
降りてきた途端に「なんか違う」と思った俺。
エミリーとセレストは感じてないようだけど、ダンジョン生まれのアリスは感じたようだ。
「アリスまでそういうのなら、何かがあるのね」
「はいです。それってなにか具体的に分かるです?」
「うーん、なんだろう。なーんか違うのは分かるんだけどね」
アリスも俺も、ダンジョン――カーボン地下五階を見回した。
石造りのダンジョン、明滅を繰り返す淡く青い光。
見た目は上の階とまったく変わらないんだが。
「ちょっと交互に見比べてみる」
「俺もそうする」
アリスと一緒に階段を上がって、地下四階に戻った。
そこをじっと見て、地下四階の光景を目に焼き付けてから、階段を降りて地下五階に戻る。
そうして見比べるために焼き付けた光景を、地下五階と見比べる。
「うーん。俺は分からない。引っかかるんだけど」
「あたしも同じ。でも」
「うん、なんか違うのは確実だ。それはより確信した」
頷きあう俺とアリス。
さっきまでは「なんとなく」だった。
だけど見比べるために目に焼き付けてから戻って来たおかげで、同じ分からないながらも「確実に違う」と確信を持った。
「分からないのならしょうがないわ。でも、用心はしましょう」
「そうです、五階だから何かが変わっててもおかしくないです」
感覚だけのふわっとした話でも、二人は俺たちを信じてくれた。
「よし、じゃあ気をつけて進もう」
「ええ」
セレストが応じ、アリスもエミリーも頷いてくれた。
宣言通り慎重に進もう――と思ったその時。
「いたいた、おーい」
ネプチューンが、手を振りながら階段を降りてきた。
いつも通りランとリルの二人を連れてやってきた。
「どうしたんだ?」
「そっち、何かした? この十数分の間で」
「この十数分? いや何も。むしろ足踏みしてただけだ」
「うーん、そっか……じゃあキミたちでもないのか。僕たちの行動なのか?」
「どういう事だ」
「実はね」
ネプチューンはニコニコしながら、しかしマジな目で。
「入り口がまた閉じたんだ」
「――っ!」
☆
地下五階の探検をひとまず中止して、ネプチューンファミリーとともに地下一階に戻ってきた。
ダンジョンの入り口まで戻ってきた。
そこは完全に閉じてて、ただの壁になっていた。
「本当になくなってるね」
「エミリー、そこを叩いてみて」
「はいです!」
セレストに促されて、エミリーがハンマーを頭上でぶん回して突進、入り口があったところの壁を思いっきり叩いた。
ファミリー随一のパワーファイター。エミリーのおそらくは全力の一撃だが、壁はびくともしなかった。
「こんな風に、あの時は最初絶望的だったのよ」
「そうか、セレストは最初に閉じ込められた時に中から見てたんだよな」
「ええ」
「なるほど、こうなってたのか……」
「どうする?」
「一旦外に出よう」
バナジウム弾に鉄壁弾を込めて、壁にうって入り口を開く。
人が通れる大きさにしてから、ネプチューンファミリー、そしてこっちの仲間、最後に俺の順で通る。
俺たちが全員外に出ると、鉄壁弾を残して入り口が元に戻った。
「一つ確定したね」
「ああ、中に人がいなくなると入り口が元に戻る」
「となると、閉じるのも何かちゃんとした条件になってるはずだね」
ネプチューンと頷きあう。
この世界のルールは「ドロップS」が絡まない時はかなりきっちりしている。
「君のおかげで、あの十数分間でした何かだってわかったも同然だね」
にこりと微笑むネプチューン。
俺のおかげなのかはともかく。
そういうことなら、もうちょっと可能性を狭めていく検証をしよう。