406.トラウマ回避
「さてこいつをどうしようか」
「ネプチューン達はバイコーンと戦ったことが?」
「ううん、ないよ」
「それは予想外だ」
「名前がいやだったんだ」
「名前が?」
どういう事だ? と首をかしげてネプチューンを見ると。
すると彼はいつものニコニコ顔で答えた。
「異名の方さ」
「異名……『純潔を汚す者』?」
「そうそうそれ。そういう名前のと戦うと、なんか寝取られた気がするじゃない?」
「その発想はなかった」
むしろ呆れた。
そうはならないだろ、と思った。
そう話したネプチューンはニコニコしてて、ランとリルは頬を赤らめて、うっとり顔で彼を見つめている。
って、いちゃいちゃかよ。
ほっとくとさらに高度なイチャイチャをくり出してくるかもしれないから、話を進めることにした。
「そうか。知ってたら意見を聞いて、オリジナルとの違いを比べたかったんだけどな」
「……それならどうにかなるみたいだよ」
「え?」
明後日の方に視線を向けるネプチューン。
同じ方を見ると、新しい個体が現われた。
黒いドロドロが現われて、何かに変化していく。
「なるほど」
「とりあえず一つだけははっきりしたね」
「ああ、ダンジョンマスターの特殊性まではコピーできない」
拘束しているバイコーンの方を向いて、その頭に銃を当てて、成長弾で撃ち抜いた。
バイコーン――ダンジョンマスター。
出現している時はダンジョン内のモンスターを出現させなくする能力。
『カーボンのバイコーン』は、カーボンのモンスターを消すことは出来ない。
少なくとも、その事が確定した。
一方で、新しい個体の変身が完了した。
ダンジョンの中でものすごく窮屈そうにする巨大なドラゴンが、天井を仰いで咆哮した。
「これは……」
「マスタードラゴンだね」
「マスター……ガウガウか」
「その、オリジナルだね」
にこりと笑う、ネプチューン。
アリスがダンジョン産まれで、モンスターを仲間にする能力をよく知っている彼ははっきりと頷いて答えた。
「そうなのか、こっちははじめて見た」
「僕は何回か戦ったね。すごくやっかいな相手だ」
「そうなのか?」
「そして今気づいたけど。さっき君の頭がぼんやり青白く光ってた」
「気のせいじゃなかったのか。ああ、今のはお前が光ってた」
頷く俺とネプチューン。
ダンジョンそのものが放っている青白い光と同じだったから、さっきからずっと同じ現象が起きているのに、気のせいかもしれないと思ってきた。
バイコーンの時は俺が光って、マスタードラゴンの時はネプチューンが光った。
「そして一つの予測が立てられる」
ちらり、と俺を見るネプチューン。
まるで答え合わせを求めるかのような視線。
俺はマスタードラゴンの偽物と、バイコーンを拘束していた、まだ残っているW鉄壁弾と、そして天井を見上げた。
「上は信頼できる仲間、ここは戦ったことのある強敵――を、記憶から抜き出してる、ってところか」
「僕はそう思う」
頷くネプチューン。どうやら同じ結論のようだ。
それならすごくやっかいだ。
「まっ、ここは任せて。ラン、リル」
「都合のいい時だけ」
「嬉しいくせに」
ぶつくさ言うリル、それをからかうラン。
そしてニコリと微笑んだまま、臨戦態勢に入るネプチューン。
面白い関係だなあ、と何となく思った。
ランとリルが歌い出した。
魔法のような二人の歌は、可視化した力の奔流と化して、ネプチューンの体にまとわりついた。
力は一対の翼に変化して、ネプチューンはマスタードラゴンに飛びかかっていった。
最初は銃に手をかけていつでも参戦できるように身構えていたのだが、すぐに手を下ろした。
ダンジョンそのものが、マスタードラゴンの巨体には窮屈と言うこともあるが、そもそもの力をネプチューンが圧倒している。
パワーも、スピードも、どっちもネプチューンが上だ。
マスタードラゴンはなすすべなく翻弄され、最後には首をねじ切られて倒された。
「ふう……ねえ、ドロップはこれと同じ?」
ネプチューンはマスタードラゴンの偽物がドロップしたものをもって戻って来た。
俺もバイコーンの偽物がドロップしたのを拾い上げて彼に向かっていく。
「同じだね」
「ああ、マンゴーだな」
「結構高いものだけど……割に合わなさそう」
「……いや、生涯同じダンジョンにしか行ってない冒険者もいるだろ。それこそテルル一階にずっと籠もってるような」
例えば出会った頃のエミリーとか。
「なるほど、一種類しか知らなかったらここで楽に稼ぐ事ができそうだね」
「一階もそうだったし、結構人を選ぶダンジョンだな。多分」
「うん、普通の冒険者だと、他のダンジョン以上に一つの階層に縛られそうだね」
意見を交換しあう俺とネプチューン。
ネプチューンはもちろん、俺もこっちの世界に来てだいぶ経って、冒険者達の特性と求めてるものが分かるようになってきた。
この世界の冒険者はある意味パズルのような事をしている。
ドロップを安定・持続して持って帰るという事が絶対条件である。
だから力技で突破する冒険者はあまりいない。
ゲームで言えば、攻略に複数の魔法とアイテムが必要で、それを使う順番まで決まっているような状況だ。
順番があっていれば問題なく突破できるが、一つでも手順を間違えるだけで失敗する。
そういうタイプの冒険者は多い。
「さて、もう一階下に潜る? 三階層も情報があれば傾向がはっきりすると思うんだ」
「そうだな」
そう言い、頷きかけたその時。
すこし離れた所にモンスターが出現した。
黒いドロドロ、変身を始めている。
今度はだれのだ――と思って一行をグルっと見回すと。
「――っ! リペティション!!!」
変身途中のそいつに魔法を使って瞬殺。
バイコーンの偽物でも、大本はこの変身前のモンスター扱い。
だから変身しきる前に倒すことが出来た。
「ふう……出よう」
ネプチューンに向かってそう言い、きょとんとしているバナジウムの手を握ったまま来た道を引き返す。
ネプチューンらは後をついて来て。
「どうしたのいきなり、そんなに慌てて」
「今の、バナジウムが光ってた」
「この子が……そっか」
さすがに聡いネプチューン、一瞬で状況を理解した。
やっかいな敵に変化するカーボン地下二階のモンスター。
バナジウムには――多分彼女を殺した相手。
前世の彼女を殺してトラウマを残した相手になるんだろう。
そう思った俺は変身する前に瞬殺した。
おかげでバナジウムのトラウマを刺激せずにすんだ。
「もう一つ収穫があったよ。しかもすごく大きい」
「え?」
まるで俺の心を読んだかのように、ネプチューンがニコリ。
「変身する前に倒すとドロップしない。これは超重要だね」
「あっ……」
撤収しつつ、振り向いてモンスターがいた場所を見る。
確かにドロップはなかった。
確かにネプチューンが言うとおりそれは大きい。
「それ!」
一階に戻る途中、また現われたので、今度はネプチューンが変身する前に倒した。
ドロップはなかった。
「やっぱりね」
微笑むネプチューン、満足げな顔だ。
普通ならば、それでいいんだが。
だが、俺はドロップSだ。
それでドロップしないのは……。
俺の中に、新しい疑問が浮かび上がってきた。




