401.入り口をこじ開ける
カーボンの消失した入り口の前に座った。
あぐらを組んで、地べたに座って、入り口のない入り口を見つめる。
周りはだいぶ人が少なくなった。
事態は解決してないが、ニホニウムのおかげで少なくとも小康状態にはなった。
それがきっかけで、野次馬が徐々に立ち去った。
ちなみにバナジウムは何かを感じ取ったのか、俺の横で、触れるか触れないかくらいの距離でちょこんと座っている。
「何を考えているの?」
ニホニウムが俺の横にやってきて、落ち着いた口調で聞いてきた。
「どうやって中に入るか、あるいは入り口を開くか。それを考えてるんだ」
「もう大丈夫なのではなくて?」
「ひとまず凌げただけだ。まずセレンのドロップも止めてる以上、早く解決しなきゃならない。十階分のダンジョンはその十倍以上の冒険者を、その先の商人や消費者を考えると、影響は数千人、下手したら万単位に及ぶ」
「そう……。それと?」
「え?」
「まず、と言ったのはあなた」
「ああ、そうだったな。今カーボンの中は脱出出来ない密閉空間だ。一種の極限状態でもある。人間はそういう極限状態に長くおかれると精神がやむ。最悪……」
「最悪?」
「本当に最悪中の最悪だが、冒険者同士が殺し合いをはじめる可能性がある」
脱出出来ない、外界と隔離された、そして先が見えない。
今のカーボンはそういう状況のはずだ。
「そして、それも実はマイナス材料になり得る」
そう言って、離れた所に立っている幽霊のような女。
ニホニウムが出したニホニウムのダンジョンマスターを指した。
「どういうこと?」
「中の人間は外の様子が分からない、多分。だから中に居る人は『モンスターが原因不明の消失をした』と思ってしまう。人間は原因不明の異変が一番こわいもんだ」
「私が原因だとは?」
「シクロのダンジョンならそれもある、お前のダンジョンがすぐ近くにあってそういう状況が起きたこともある。だけどここはシクロの管轄下ではあってもシクロの街から距離が離れてる」
「セレストが説明する可能性は? 彼女ならあなたの事をよく見てるから、連想出来そうじゃない?」
「それは危険だ、冒険者達がパニックになってる時にそれを言い出したら異端者として吊される可能性がある」
「絶体絶命ね」
「くっ、転送部屋がどこで○ドアだったら。行ったことのないところにも飛んでいけたのに」
無い物ねだり、ついでに現実逃避も入ってる。
それが自分でも分かるから、悔しくて歯ぎしりしてしまう。
「土地ではなく、あなたの大事な人の居るところに飛べる能力があればよかったのかもね」
「ああ……狙った相手のところに飛んでいく弾丸ならあるんだけどな」
追尾弾を一つ取り出して、銃にこめて空に向かって打った。
狙いはセレスト。いまカーボンの中に閉じ込められているセレストだ。
が、追尾弾は機能しなかった。
まっすぐ上に上って行き、頂点に達してそのまま落ちてきた。
「だめだよな」
「二つだったらどうなの?」
「え?」
「え?」
「……バナジウム弾か」
目がカッと見開いた。
バナジウム弾。
二つの弾丸をあらかじめ融合してからうちだす特殊弾。
その効果は、合成する弾丸の特性を飛躍的に向上させるものだ。
加速弾二つで、加速の極致ともいえる時間停止が可能になった。
それを追尾弾二つなら……?
バナジウム弾を取り出す、追尾弾を二つ込めて、銃を構える。
さっきの適当に撃つ感じじゃない。銃を持つ手をまっすぐ突き出し、もう片手を補助に添える本気の撃ち方。
「……頼むっ」
気持ちも一緒に乗せて、引き金を引いた。
撃ち出されたダブル追尾弾は、まっすぐ飛んでいく。
「だめか」
「いいえ」
否定するニホニウム。
直後、パリーン! とガラスが割れるような音が響いた。
ダブル追尾弾が割ったのだ。
まっすぐ飛んで、何もない空中にガラスがあったかのように、それを割ってさらに進む。
空中に出来た小さな裂け目、その向こうに見た事もない様な景色が見えた。
「ダンジョンだ!」
「カーボンね。だめだわ閉じてしまう」
「大丈夫!」
無い入り口をこじ開けるのは初めての経験だったからさっきは悩んだが、閉じるものを開いたままにするのは経験がある。
俺は二丁拳銃に鉄壁弾を装填、閉じていく空間の裂け目の内側から外に向かって鉄壁弾を打った。
何があってもただひたすらに前進。
きわめて遅いが全てをはねのけて前進するクズ弾。
「――よしっ!」
閉じていく空間は、鉄壁弾によって開口部を維持された。