400.ありがとうに戸惑う精霊
2019/02/03
一部修正いたしました
「どうする?」
ネプチューンが聞いてきた。
「とりあえず現地に向かう。状況が知りたい」
「分かった、ぼくも行こう。準備があるから、現地で落ち合おう」
「ああ」
ネプチューンも来てくれるのなら心強い。
その場で一旦彼と別れて、エミリーと屋敷に戻りながら、道すがら話を聞いた。
「どういう状況なんだ? エミリーが知っているだけでいい、教えてくれ」
「私もよく分からないです、ただセレストさんも行ってるです」
「セレストが!?」
「はいです、セレンの近くで、ヨーダさんと出会った所だから、ちょっと様子を見てくるっていって出かけていったです」
「そうか……」
新しいダンジョンが出来た。
そこに多くの冒険者が調査に入ったが、入り口が消えてしまった。
その中にはセレストもいる。
大ごとだし、セレストも遭難者になってるのならなおさら見過ごせない。
そうしている間に屋敷に戻ってきた。
敷地に入って、新しい住処になっているバナジウムダンジョンに一緒に入る。
「エミリーは家にいてくれ。みんなが戻ってきたら状況を説明してあげて」
「分かったです。いつでもいけるように準備するです」
ファミリーの最古参でもあるセレスト、それが遭難したとあってはエミリーも心中穏やかではない様子。
「後は任せた。行こうバナジウム」
「……(こく)」
バナジウムを連れて、新屋敷の転送部屋を使って、ひとまずセレンの一階に転送した。
カーボンダンジョンはセレンの近くにある、だからセレン一階を中継地にした。
セレンの一階はいつもよりちょっと冒険者の数が少なくて、皆どこか浮き足立っていた。
「なあ、今日はもう切り上げようぜ」
「そうね、こっちもいつ事故るか分からないもんね。今日は早めに帰ろ」
漏れ聞く冒険者の会話だけでも、事件の発生とその影響が広まりつつあることが分かった。
バナジウムと一緒にセレンの外に飛び出した。
外はダンジョンの中よりもさらに、影響がはっきり分かった。
少し離れたところに、野次馬が集まっていて、そこに動揺が覆っている。
そこに近づき、人垣をかき分けて騒ぎの中心に出ると、そこにもう一つのダンジョンがあった。
地下ダンジョンによく見られる地上にせり上がった部分、ダンジョンの入り口。
近くにあるセレンともよく似たものだ。
それがしかし、入り口が無い。
ナウボードが設置されていて、野次馬の視線の方向から入り口があったであろう場所は推測出来るが、そこは何も無い、ただの岩壁のようになっている。
「本当に、入り口が消えたのか……」
この世界に飛ばされて大分経つ。
ナウボードというのは、結構特殊かつ貴重なもので、設置場所はかなり固定されているのを知っている。
ダンジョンの中でも大抵は同じ傾向の所――つまりモンスターの湧きから外れた安全なポイントに設置されてて、ダンジョンの入り口のヤツはほぼどこでも同じ場所に設置されている。
ここもきっとそうだ。
だから、ナウボードから割り出されるあるべき入り口が無い、というのはものすごく気持ち悪い。
止まったエスカレータに踏み込む第一歩くらい気持ち悪い。
「リョータさん」
男の声が俺を呼んだ。振り向くと、そこに見知った顔がいた。
「クリフ、あんたも来てたのか」
「はい、仲間達と一緒に」
「そうなのか……」
頷きつつ、クリフの周りを見回した。
クリフ、かつて自己評価をミスって、それをつけ込まれて、三万ピロという超薄給でブラックパーティーにこき使われていた男。
それを見かねて、洗脳を解いて、植物Eのテルルじゃなくて、鉱物Cだからアウルムの方が良いとすすめた。
その後、目覚めた彼は、同じようにこき使われていた仲間達と独立して、今はリョータファミリーの傘下、クリフファミリーとして活動している。
その、仲間達の姿が見当たらない。
そして、クリフの表情が、焦りから安堵に移り変わるのを見逃さなかった。
「仲間達、中にいるのか?」
「はい……俺だけ一旦ドロップ品をもって外に出てる間に……」
「そうか……なにか、おかしな様子は無かったか?」
中を知ってる貴重な人間だ。情報を得るために問うてみた。
「いいえ、いたって普通のダンジョンでした。レベル変化も地形変化も、制限とかも何も無い、オーソドックスなものでした」
「そうか……」
前兆とかは一切ないってことか。
「くっ、中はいったい、どうなってるんだ?」
「何か方法はないのか? バナジウム、何か分かるか?」
「……(ぷるぷる)」
バナジウムは申し訳なさそうな顔で首を振って、そのまま、うつむいてしまった。
俺は深呼吸して、表情を繕いつつ、バナジウムの頭を撫でてやった。
「ごめんな。君が悪いんじゃないんだ」
それでバナジウムがほっとした表情を浮かべた。
とはいえ、このまま手をこまねいている訳にもいかない。何か――。
「きゃああああ!」
女の悲鳴が上がった、一呼吸遅れてざわめきが起きた。
何事かと周りを見ると、周りの野次馬の視線が全員同じ一箇所に向けられていた。
視線を追いかける、すると入り口があるらしき所に、血まみれで倒れている冒険者がいた。
「くっ!」
その冒険者に近づき、銃を抜いて、無限回復弾を撃ち込む。
血まみれの冒険者のケガがみるみるうちに癒えていく。
「おぉ……」
「あれほどの大けがが一瞬で」
「リョータ、リョータ・サトウじゃないか」
誰かが俺の名前を呼んだ、すると直後に歓呼が沸き上がった。
この状況に救世主が現われた、という意味合いの歓声なんだろうけど、状況は良くない。
「この人、ダンジョンに入ってた人なのか?」
そう言って、周りを見る。
すると、野次馬の一人が。
「私知ってます、うちの宿に泊まってて、今朝からダンジョンに入ってる魔法使いの人です」
「そうか」
「中に入ってる人が追い出されたのか?」
クリフが俺に聞く。
「そうかもしれない、だけどそれ以上にまずい状況になった」
「ま、まずい状況?」
「買い取り屋の人はいる?」
「『燕の恩返し』の者です、サトウさん」
野次馬の中から、男が一人返事した。
「ダンジョンの中からドロップ品は送り出されてきてる?」
俺が最初に使って広めた、魔法カートのドロップアイテム転送。
それは今や、高級品ではあるが、冒険者の間に結構広まっている。
大勢の☆持ち冒険者なら間違いなく転送付きの魔法カートを持ち込んでいる。
「いや、それもないんだ」
「そうか」
「どういうことなんだリョータさん」
「冒険者がダンジョンに閉じ込められてる、外に出られない以上、安全を確保する為にもモンスターを倒さないといけない」
「うん」
「しかしドロップは外に出せない。となると倒したモンスターのドロップ品がたまる一方。それがある程度以上に増えると人の領域から外れて、片っ端からハグレモノに孵る。結果、ダンジョンの中は常にモンスターの上限数いっぱいの満員状態になる」
俺の分析を聞いて、周りがさらにざわついた。
「そうなると、閉じ込められた冒険者はまともに休めない、消耗戦に持ち込まれる」
「ど、どうしよう。ってことはこの人のように大けがをする人が?」
「……大けがで放り出されるのか、それとも力尽きて中で倒れるか……」
「あの壁を壊して、出口をこじ開けよう!」
クリフが言うと、周りで何人かの冒険者が動き出そうとする。
クリフと同じように仲間が中にいるヤツもいるだろう、焦っているに決まってる。
「待った!」
「止めないでくれ、リョータさん。仲間が中で危ないのは、リョータさんが言い出した事じゃないか」
「アレを壊して、出口が開く確証はない。それよりも、俺に少し任せてくれ。五分でいい」
「五分?」
「ああ、一つだけ確かめたいことが」
そう言うと、出口をむりやりこじ開けようとする動きが止まった。
「あのリョータ・サトウが言うのなら」
「そうだな。五分くらいなら」
とりあえず、止められたようだ。
「クリフ、ここでみんなを見ててくれ。バナジウム、行くよ!」
バナジウムを連れて駆け出した。
やってきたセレンに、全速で駆け込み、一旦、屋敷に戻った。
☆
五分後、俺は、ニホニウムを新たに連れて、カーボンダンジョンの表に戻って来た。
俺が連れて来た人間の素性を、野次馬達がひそひそ言い合っている。
「ここだ、ニホニウム。頼めるか」
「止めればいいのですね?」
「ああ。頼む」
「……一つ、断っておくけど」
ニホニウムは周りをちらりと一瞥。
何となく、冷たい感じのする視線だった。
「人間の事はどうでもいい。私はあなただから、協力するのです」
「ありがとう、すごく助かる」
「……」
ニホニウムは複雑そうな顔をしながら、手をかざして、モンスターを呼んだ。
ニホニウムのダンジョンマスター、幽霊みたいな女。
それがニホニウムの前に立った。
瞬間、ダンジョンマスターの気配が周りを包んだ。
冒険者達は反射的に身構えて、そうじゃない人達は戸惑いながら、身震いした。
「どうだ?」
「もういないはずよ」
「そうか、ありがとう!」
俺はニホニウムの手を取って、お礼を言った。
ニホニウムは面食らって、戸惑う。
さて、今の事を説明して、みんなに安心させなきゃ――。
「テネシンだ! テネシンの時、ずっといた女だ!」
誰かが、大声で叫んだ。
あの時の事を知っている人のようだ。
ざわつきの中、状況がその人を中心に、波紋のように広がっていく。
テネシンのダンジョン都市建設において、モンスターをせき止めていたニホニウムのこと。そのダンジョンマスターの能力で、近隣のダンジョンのモンスターまでも消えるということ。
つまり、カーボンの中のモンスターも消失したと言うことだ。
「セレンのモンスターも消えてしまうけど、それは仕方ないわね――」
「ありがとう」
「え?」
俺と反対側から届いた声に、面食らうニホニウム。
彼女はおそるおそる振り向くと。
「ありがとう!」
「助かったぜ!」
「あんたは救いの女神だ!」
集まった野次馬達は、口々にニホニウムを褒め称える。
褒められ慣れてないニホニウムは、困った顔をして、俺に救いを求めた。
俺は微笑んで、見守るだけにした。