399.飲まれた冒険者
夕方、テルルからの帰り道。
大分なれてきたバナジウムを連れて、長めの散歩、ってことでシクロの街中を歩いた。
「……(ぐいぐい)」
ふと、何かを見つけたのか、バナジウムが俺の袖を引っ張って、少し離れた場所を指さす。
そこに魔法カート屋があり、店の子供らしき幼い子供が魔法カートの上に乗っていた。
それを見て、帰り道で俺が押してる魔法カートを見るバナジウム。
「もしかして、乗りたいのか?」
「……(こくこく)」
頷くバナジウム、ならばと俺は彼女を抱き上げて、魔法カートにのせた。
バナジウムを載せたまま、魔法カートを押して再び歩き出す。
たったそれだけの事なのに、バナジウムは目を輝かせだした。
「いいお父さんだね」
「うおっ!」
横に並んできて、親しげに話しかけてきたのはネプチューン。
相変わらず甘いマスクのイケメンで、ランとリルの二人を連れている。
そんなネプチューンファミリーと肩を並べて、魔法カートを押して夕方の街を一緒に歩く。
「なんでそんなにびっくりしてるの」
「いきなり話しかけられたらびっくりするだろ」
「うーん、待ち合わせ以外に話しかけたときは基本いきなりなんじゃないかな」
「それはそうだけど」
なんというか、ネプチューンの場合神出鬼没な現れ方をするんだよな。
それで必要以上にびっくりしてしまうっていうか。
「それよりも、例の話、聞いてる?」
「なんの話だ?」
俺はちょっと身構えた。
「セレンの近くに新しいダンジョンが産まれたって」
「へえ?」
警戒がすぅと消えていくのを感じた。「例の話」がバナジウム関連だったら警戒する必要はあったが、新しいダンジョンが産まれたと言うのならこっちとは関係のない話だ。
「名前はカーボン、階層は100をこえてる巨大ダンジョンらしいよ」
「炭素さんね。にしても100を超えてるってすごいな」
「今いろんな冒険者が調査中だけど、結構面白いらしいよ」
「へえ」
「なんか興味なさそうだね」
「他の冒険者が調査中ならそれでいいんじゃないか? それに『結構面白い』って事は、調査もかなり順調だって事だろ」
「それはそうだけどね」
ネプチューンは腕組みして、端正な顔のまま首をひねった。
「どういうダンジョンなのか、とか。俺がバシッと調べてくるぜ! とか無いの?」
「今はバナジウムの事が大事だからな」
手を伸ばして、キラキラ瞳のバナジウムの頭を撫でる。
「あれ? 名前変わったの?」
「本人が、前の名前はいやだって言うからな」
「そうなんだ。まあしょうがないね」
手のひらを上にして、肩をすくめるネプチューン。
バナジウム――旧エリスロニウムダンジョンで起きたことは詳しく話していないが、彼はなにもかもわかっているって顔だ。
形として「リョータファミリー」の傘下に入っているが、ネプチューンは俺に勝るとも劣らない程の実力だと思っている。
俺がこの世界に転移されて来たときはニホニウムの調査とかしてたし、今の俺のポジションにいた人だ。
旧エリスロニウムの中で起きたことも、何かのルートで知っているんだろう。
とは言え俺もそれを聞かない。
今ここにバナジウム本人がいるからという訳じゃない、バナジウムたちがトラウマになるほどの事をなるべく知りたくない。
多分、ものすごく胸くそが悪いと思うから。
「まっ、今回は君の出番は無いかもね」
「そうなのか?」
「うん、最近君が大活躍してるでしょ。それで今回はかなりの数の熟練冒険者を一気に投入したみたいだよ。具体的に言うと☆2とか3とかそのあたりの人を100人くらいまとめて」
「すごいな」
☆2とか3とかと言えば、エミリーやアリス、セレストと同じくらいだ。
そのクラスを100人近くも投入しているのはぶっちゃけかなりすごい。
「ダンジョンの詳細も近日中には丸裸だと思うよ」
「良いことだ。みんなが稼げるところが増えるのは」
「君は相変わらずテルルの浅い階層にこもり続けてるみたいだけど、これを機に新天地とかどうだい?」
「考えてみるよ」
ネプチューンとたわいない世間話をしつつ、街中を適当にぶらつく。
何を思ったのか、ネプチューンが連れている二人のうち、天真爛漫系の少女、ランが近くの店でお菓子を買ってバナジウムに渡した。
切り身のリンゴを飴でコーティングした、甘くて綺麗で、子供が好きそうなやつだ。
ランがそれを差し出すと、バナジウムは一瞬更に目をキラキラさせて、しかしおそるおそる俺の顔をうかがってきた。
「ありがとうって――言えないからちゃんと笑顔で受け取って」
「……(こくこく)」
バナジウムは俺に言われた通り、満面の笑顔でランから飴を受け取った。
飴を渡したランもすごく嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「子供が好きなのか、彼女?」
「そうみたいだよ。ちなみにリルは可愛がりたいのに素直に動けなくて、ランのやることをちらちら見てる方」
「よ、余計な事をいわない!」
秘密(って程でもないが)を暴露されたリルは真っ赤な顔で抗議した。
相変わらず仲がいい三人だな、と思った。
そんな中。
「ヨーダさん!」
聞き慣れた声、しかし声色からはっきりと焦りが読み取れる。
。
エミリーがものすごく慌てた様子で走ってきた。
「どうしたエミリー」
「た、大変なのです!」
「何が起きたの?」
「新しいダンジョンの入り口が消えたです」
「え?」
「なんだって」
俺の横でネプチューンも眉をひそめた。
「ダンジョンに入った人達、全員戻ってこないです」
「全員なのかい」
「はいです!」
ネプチューンの問いに頷くエミリー。
ネプチューンは俺を見た。
全員。
さっきの彼が言うには、100人近く高ランクの冒険者が調査に入っている。
それが、全員。
焦るエミリーが持ってきた知らせ。
予想以上に大ごとのようだった。




