396.自分より強くなりたい
エリスロニウム改め、バナジウム地下三階。
精霊本人のダンジョン内の地形を変える能力で、屋敷の庭とほぼ同じ空間に作り替えられたそこで、俺はアリスと向き合っていた。
ちょっと離れた所で、エミリーがバナジウムと並んで立って、真剣な表情で俺たちを見守っている。
「じゃあ行くよ」
「たのむ」
「オッケー……せーの、りょーちん!」
パチーン! と指を鳴らすアリス。
魔法・オールマイト、りょーちん召喚。
空間の裂け目から、俺の分身ともいえる存在が召喚された。
先手を取ったのは俺。
りょーちんが完全に出てくる前に、右手の拳銃で通常弾を連射して、弾幕を張った。
その弾幕を壁に見立てて、りょーちんに向かって突進。
ダダダダダーン!
りょーちんも銃を連射。
同じように通常弾で迎え撃つ。弾が空中で打ち合って、火花を散らして、弾け飛んだ。
そこから、さらに一歩踏み込んだ俺、りょーちんの懐に潜り込んで、低い姿勢からの足払い。
りょーちんはさっと足を引くような小さなジャンプ、そのまま右手の銃に再装填して銃口を俺の頭に突きつける。
体をひねってかわす。打ち出された銃弾が地面にあたって氷柱を造った。
勢いでさらに体を半回転、氷柱を蹴り割って、りょーちんに向かって弾き飛ばす。
ドゴーン!
空気が震えるほどの震動。
互いに氷柱に向かって放った蹴りは、氷柱を同時にたたき割って、蹴りと蹴りがぶつかり合った。
結果、氷柱は爆散して、俺たちはその反動で互いの間合いの外にはじき出された。
「はえぇ……やっぱりすごいねリョータは」
「はいです」
「でも、なんで二人とも左手の銃を使わないのかな。あっちに新しい弾入ってんでしょ」
「必殺の一撃は隙が大きいのです」
「へ?」
「私も昔はスライムの攻撃を受けて、スピードが落ちた所を叩いてたです。実力が同じくらいだったら、攻撃をしのいだ後の隙はより致命的になるです」
「なーる。二人ともそれを狙っているって事か」
離れた所で合流したエミリーとアリス。
二人の言葉は耳に入ってこなかった。
目の前のりょーちん、自分とまったく同じ強さのりょーちんを相手にして、その余裕が無かった。
俺も、りょーちんも、両方とも決め手に欠ける。
そしてどっちも左手の銃を撃とうとしない。
そこに込められてるのは、お互いにとって切り札なのは明らかだ。
至近距離からの銃弾と肉弾戦の応酬。引き金を引こうとして、引く行為そのものが阻止される場面も互いに見られた。
切り札は、射とうとしても不発になる可能性が極めて高い、拮抗した状態。
時間は刻一刻と過ぎていく。
俺の左手が反射的に動いた。
三十秒経てばりょーちんは時間切れで消えるから、それまでに決着をつけなきゃいけない。
りょーちん相手に、時間切れまで逃げたら、気分的には負けだ。
だから左手がすこし動いた―― 一方でまだ早いと自戒した。
それが一瞬の隙を生み、りょーちんはそれを逃さず、左の銃口を自分に突きつけた。
時間停止。
ダブル加速弾を使った時間停止の弾丸を自分に撃ち込もうとした。
時間を止められたら敗北は確定、それがりょーちんの切り札。
そして、俺が待っていたもの。
りょーちんの注意力が俺から自分に引っ込んだ。
時間にして、百分の一秒にも満たない短い時間。けれど、確かに、りょーちんの意識が俺から離れていた。
俺は、左手の引き金を引いた。
引き金自体、りょーちんと同じタイミングで引けた。
読んでいたから。
向こうが時間停止で来ると読んでいたから、りょーちんが左を撃つタイミングで、脊髄反射レベルで俺もひくと決めていた。
だから、同時に引けた。
そして、りょーちんの左手が弾け飛んだ。
銃から放たれた時間停止弾は地面に打ち込まれて、何ら効果を生むことは無かった。
「加速と鉄壁の組み合わせだ」
速度をあげる加速弾、あらゆる銃弾の中で何にも干渉されず最遅を貫く鉄壁弾。
その二つがバナジウムの弾に込められた時、速度は消えた。
早くもなく、遅くもない。
速度というものが消えて無くなり、ヒットしたという結果だけが残る。
光速を超えた弾は、時間停止弾が至近距離で打ち込まれる前に銃を弾いた。
ここまで読み通りだった俺は、すかさず踏み込んで、りょーちんの額に銃口を突きつける。
「チェックメイト」
「……」
りょーちんはぬいぐるみの顔で器用に苦笑いして、両手をあげて降参のポーズをとった。
そして、三十秒。
時間切れで、りょーちんが消えた。
「ふう……おわっ!」
「……(ニコッ)!」
戦闘が終わるやいなや、バナジウムは早速俺に抱きついて、にこっと笑いかけてきた。
それと共に、アリスとエミリーも近づいてくる。
「すごいですヨーダさん、戦いの半分も分からなかったです」
「ありがとう、どうにか勝つことが出来たよ。紙一重だったけどな」
「次からはりょーちんもそれを使ってくるかもね」
「その裏を読んで対処するか、あるいは裏の裏を読むか。自分と同じスペックなのは厄介だ」
「でも勝ったね」
「なんとかな。アリス」
「ん?」
「これからもりょーちんを使わなかった日は貸してくれ」
「オッケー。でもりょーちんは切り札だから、使っちゃった日はごめんしてね」
「もちろんだ」
バナジウム弾を使う自分にもどうにか勝利することが出来た。
俺は幼いバナジウムの頭を撫でた。
りょーちんは、アリスにとって大きいが、俺にとってはもっと得がたい重要な存在になりつつある。
今の自分より強くなる、ほんのちょっとだけでいい。
常に、自分より、ちょっとだけ。
それが成長に繋がる。
また、バナジウムのような子が現れないための力を伸ばしていこうと、思ったのだった。