392.もうちょっとだけ一緒に
ダンジョンと女の子、両者の光が共鳴をするかのように高まっていく。
二つの光が増大し、混ざり合い、俺を包み込んだ。
「――っ!」
両手を顔の前にかざして、光をガード。
全身を包み込んだ光は極限まで高まった後、緩やかに落ち着いていく。
そして、光が収まった後。
「えっ?」
声が出るくらい、びっくりする事態が目の前に。
ついさっきまでいた屋敷の庭ではなく、精霊の部屋のような何も無い空間。
その空間で、女と女の子が俺の前に立っていた。
エリ改めバナジウムと、昔のエリスロニウムだ。
「どういう……」
「ありがとう」
大人の女の人、昔のエリスロニウムが穏やかに微笑んで、俺にお礼を言ってきた。
「守ってくれてありがとう。それに、私に名前まで」
「これで良かったのか?」
「うん、すごく……しっくりくる。これが本当の名前なんだって、今となっては分かるの」
昔のエリスロニウム――大人のバナジウムは両手を自分の胸に当てた。そこにある大事なものを抱きかかえるような仕草。
「そっか、それなら良かった」
彼女の反応に、俺もほっとする。
子供の方のバナジウムを見た。
視線があって、ニコッ、と微笑みかけられた。
こっちも微笑み返してから、大人のバナジウムに聞く。
「なあ、いったい何をされたんだ?」
「言わないわ」
バナジウムは即答した。
微塵の迷いもなく、静かに、しかし力強く言いきった。
「なんで?」
「しばらく一緒にいてわかったの。あなたはたくさんの人を助ける。あなたの力はそのためにある」
「……(こくこく)」
「あなたに、復讐のような事をさせちゃだめ。そんなのは誰も望んでないって」
「だから言わないのか」
「そっ、そんな似合わないことはさせられない。だから教えない」
そう言って微笑む大人バナジウム。
なんかちょっと複雑な気分になったが、彼女がそれを望むのなら。
「本当にありがとう」
「……(こくこくこく)」
これでいっか、と思うことにした。
「どういたしまして」
「それで……あの……」
一転、大人バナジウムがもじもじしだした。
それをみた子供バナジウムは裾を掴んで、小さな手で握りこぶしを作って、大人の方をジェスチャーで励ました。
「う、うん! あの、もうちょっと一緒に居ても! ……いい、ですか?」
「ああ、もちろんだ。好きなだけ一緒にいるといい――むしろこっちの方が、ダンジョンを間借りしてるから、居させてくれってお願いする側だけど」
「――っ! ありがとう!」
大人も子供も、二人のバナジウムが同時に喜んだ。
そうして二人は手を取り合い、再び、体から光を放った。
二つの光が混ざり合って、膨らみ上がって――さっきと同じように俺を呑み込む。
まぶしさに目を閉じて顔をそらす――。
「リョータ! リョータしっかり!」
アリスの声が聞こえてきた。
若干焦っている声で俺を呼びながら、肩を揺すってくる。
目を開けると。
「叩いたら治るかな? りょーちん――」
「何で叩くつもりだ死ぬぞ!」
オールマイトを詠唱しようとしたアリスを止めた。
「あっ、気がついた。どうしたのリョータ」
「気がついたって……俺はずっとここにいたのか?」
「うん! いきなり気を失ってびっくりしたよ」
「そうか……あっ! バナジウムは!?」
はっとして、自分の周りを見る。
すると、俺と手を繋いだまま、気を失っている子供バナジウムの姿が見えた。
「子供のまま、なのか?」
「なにそれ、どういうこと?」
不思議がる俺は今起きたことを全てアリスに話した。
「一緒にいると言ったのに、この姿のままなのかってな」
「なんだ、そういうことか」
「え?」
どういうこと? と思いながらアリスを見ると、彼女は手のひらの上にメラメラを乗せて、見せるように差し出してきた。
「メラメラと同じじゃん? 一緒にいるために一番似合う姿をしてる。エリエリも同じことしてるだけじゃーん」
「あぁ……なるほど」
メラメラ=フォスフォラス。
本当はもっと荘厳でちゃんとした見た目の精霊だったのだが、アリスの仲間モンスターになったとき、他の仲間モンスターと同じく、コミカルでデフォルメされた見た目に変化した。
「バナジウムはこの格好が俺と一緒にいるために一番似合ってる、って思ってるという事か」
「そういうことだね」
「そうか」
俺はほっとした。
大人バナジウムがされたことを言わないのがやっぱり気になるが、それはそうとして、子供の姿で俺の傍に居たいという主張をしたことにほっとした。
ただガマンしてるだけなら心配するが、これを強く主張しているのなら、無理してガマンしてるだけじゃない、ということだからほっとした。
「あれ?」
「今度はどうしたの?」
「バナジウムとの手の間になにかある」
落ち着いたら、異物感をはっきりと感じるようになった。
子供バナジウムと繋いでる手の間に、硬い何かがある。
起こさないように丁寧に繋いでる手を離すと。
「これは……」
「リョータの弾だね」
「ああ。中は空っぽで先端が二色まだら……新しい弾丸か?」
おそらく、バナジウムに与えられた新しい特殊弾なんだなと思った。