390.エリスロニウムの声
協力して、タカラバコを捕獲してくれたみんなにお礼を言って、そのみんなが帰った後。
俺は、エリと二人っきりで、山ほどのタカラバコと向き合っていた。
「さて、まずは一回やってみるか」
つぶやくと、エリはそっと距離を取って、小さなガッツポーズをとって、俺を応援した。
「うん、頑張るよ」
そんなエリに、にっこりと微笑み返して、銃を構える。
地面に直置きになっている一体のタカラバコを撃ち抜く。
成長弾。
撃ってヒットするごとに威力が上がっていく銃弾。
今はもう、通常モンスターは99%一発で倒せる位に育っている。
威力が高くて、実質一撃必殺の武器だが、リペティションに比べてちょっと中途半端なところがあるし、リペティションと同じ理由で横着の味をしめてしまうと、いざって時に困るから、実は意外と使ってない。
今はタカラバコが拘束されていて、目当てがその先だから、さらなる成長もかねて撃っている。
撃ち抜かれたタカラバコははじけ飛んで、ガタン、と鉄の箱のような物をドロップした。
「これは、オーブン……いや、電子レンジか」
箱に近づき、縦開きのドアを開ける。
回る皿がなくて、高機能なタイプの電子レンジだ。
「……(グイッ)」
エリが俺のそばにやってきて、袖を引っ張って首をかしげた。
「ああ、俺がいたところの便利家電だ。電気があれば最強だぞ。これ」
エリに答えてから、改めてレンジを見る。
この世界に来て、しばらく経つ。
エミリーの超人的な家事スキルで俺が実感する事は少ないが、電子レンジって実はすごい物なんだって改めて思った。
スイッチ一つで料理が温まるし、やろうと思えば水も湧かせる(その後が危険だが)。
袋麺を絶対に焦がさないで調理することも出来るから、すっごい重宝した。
「ま、今はただの箱だけどな」
「……?」
「電気がないと使えないんだよ。まっ、ド安定した交流電源が流れてるのなんて、向こうの世界でも日本が特殊なんだけどな」
エリは首を傾げたままだ。
突っ込んで説明するような話でもないので、ただの箱でしかない電子レンジをポンポンと叩いて立ち上がる。
残ったタカラバコの山を眺めた。
「やっぱり……当てずっぽうじゃダメだな」
みんなが集めてきた大量のタカラバコ、決して少ない数じゃないが、「出るまで引く」が出来るほどの数でもない。
もっと、何か他のやり方を考えなきゃ。
「アリスにでも聞くか」
「……(ぐいぐい)」
「ん? どうした、エリ」
エリは胸を張った。
「アリスを呼んできてくれるって事か?」
「……(こくこく)」
「そうか。ありがとう、エリ。お願いするよ」
エリは、ぱあぁ――と華やいだ顔で、嬉しそうに駆け出して、エリスロニウムダンジョン――新屋敷の中に飛び込んだ。
その姿に俺はちょっと嬉しくなった。
俺の仲間が相手とはいえ、自分から呼んでくるために動くエリの姿が嬉しかった。
その気持ちに浸っていると、すぐにエリがアリスを連れて戻ってきた。
「わお! 何これ、すっごい! これ、どうしたの?」
「エリのためにみんなが集めてくれたんだ」
「エリエリのためかあ」
「で、ちょっと聞きたいんだけど。アリスはドロップするタイミングって分かるよな?」
「うん」
「それってどういう感覚なんだ?」
あごに人差し指を当てて、「うーん」と考えるアリス。
かと思えば、今度は腕を組んで、「うーんうーん」と唸りだした。
「うんとね、箱があるの」
「箱?」
「そ、何個か箱があって、中に一つだけあたりが入ってるみたいな感じの」
「ああ」
頷きつつ、アリスの言った状況を想像してみた。
「でね、あたしが見ると、箱の外側に『あたり』が書いてある、みたいな感じ?」
「なるほど」
よく分からない感覚だが、一つだけ分かった。
「俺には無理だな。それは」
「ダンジョン産まれだからねー」
「そもそも、俺とタカラバコの相性が最悪なんだよな」
「え? どして?」
「俺の能力は純粋に、100%ドロップする事、それと品質があがること。本当はドロップしない相手でもドロップする……のが俺の能力」
「うん――あっ、そっか。タカラバコはダンジョンの外でもドロップするもんね」
「そう、だから相性が悪い……というか意味がない。タカラバコみたいなのにアドバンテージないんだよな」
「そっか……うーん」
またしてうーんうーん唸りだしたアリス。
山積みのタカラバコを眺める、接近して単体をじっと見つめたり、離れて全体を俯瞰したり。
「……ダメだ! 分かんない。リョータが欲しい物! って念じながら見てるんだけど、全部同じに見えちゃう」
「そうか……うーん」
ダメ元で聞いてはみたけど、やっぱりダメだったみたいだ。
試しにもう一つ、タカラバコを撃ち抜く。
一撃で倒したタカラバコがドロップしたのは――
「テーブル?」
「こたつだな。冬の最強アイテムだけど、電気がないんじゃな」
やっぱりダメだった。
当てずっぽうで当る気がまったくしない。
「何か、他に方法はないかな?エリのためにもここでビシッと決めておきたいんだが」
「ガンバだよリョータ! でもでも、すっごい高いレベルの悩みだね」
「高いレベル?」
「人助けじゃなくて、精霊助けで悩むなんて、普通の人じゃできないよ」
「あんまり違いはないんだけどな」
俺の中じゃ。
「あたしの時はメラメラが手を貸してくれたのもあるけど……エリエリ、エリエリでリョータに協力出来る事とかない?」
「本人の力になりたいのに本人に頼んでどうする――ん、だ?」
「どうしたのリョータ」
「ちょっと待って!」
手をかざして、アリスの言葉を遮って、記憶を必死にたぐり寄せる。
今、一瞬何かが浮かんだ。
ひらめいたのだ。
ひらめいて、しかしものすごいスピードで過ぎ去っていったそれがなんなのか、必死にたぐり寄せようとする。
こういう時は同じ行動を繰り返して、関連付けで思い出す。
行動を逆再生する。
アリスを見て、ドロップしたこたつを見て、山積みのタカラバコを見る。
銃を抜いて突きつけ――成長弾!?
いや、リペティションだ!
実務的にはほぼ成長弾の上位互換、リペティション。
一度倒したモンスターを無条件で即死にする最強魔法。
それは、ニホニウムに俺が授かった物。
ニホニウムに会うために必要な魔法だと、彼女が俺を導いて、授けてくれた魔法だ。
精霊が、精霊自身のために。
「エリ! ついてきて」
「……(こく)」
エリの手を引いて、ダンジョンの中に飛び込んで、転送部屋でニホニウムの部屋にワープする。
留め袖の女は、物静かに部屋の中央に佇んでいた。
「どうしたの? リョータさん」
「教えてくれニホニウム、リペティションの時、どうやって俺を導いた」
「リペティションの時?」
「ああ、俺が必要だからそのためのリペティションに導いてくれたんだろ? あれはどうやったんだ?」
「彼女のためなのね?」
ニホニウムがエリを見た。
連れてきた事で、彼女はすんなりと状況を理解した。
「説明するのは難しい。だから」
ニホニウムはそう言って、手のひらを上向きにしてエリに差し出した。
同族である精霊のニホニウムの手を、エリはまったく躊躇することなく取った。
何が行われているのか分からない、だがなにかが行われているのは確かだ。
俺はじっと待った、いつまでも――という覚悟で待ち続けた。
『――よ』
「え?」
声が聞こえてきた。
物理的な物じゃない、空耳に近い声。
それは、かつて聞いたことのある声。
『こっちよ』
耳を澄ませると、それがはっきりと聞こえてきた。
かつて俺に助けを求めた、エリ――いやエリスロニウムの声だ。
声に導かれるようにして、ゲートから屋敷に戻って、庭に飛び出す。
「うわっ!」
まだそこにいたアリスが驚くが――。
「これだ……」
俺の目には、タカラバコの一匹が。
その上に小さい女の人――エリを大人にしたような、小さい女の人が佇んでいるのが見えた。




