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389.亮太の人徳

「何を迷っているのかえ」

「俺がつけてもいいものなのかなって」

「本人がそれを望んでおるのじゃ」


 プルンブムに言われて、エリを見る。

 俺にしがみついたまま、上目遣いでじっと見つめてくる。


 強い……かなり強い懇願する目だ。


「そうだな、そうしよう」

「……(パアァ)」

「よかったな」

「……(コクコク)」


 名付けを望むエリにふさわしい名前……責任重大だ。


     ☆


 プルンブムから屋敷に戻って、エリを連れたまま外に出た。

 年の瀬に賑わうシクロの街、冒険者もそうじゃない者達も、揃って笑顔の、活気に満ちあふれた街だ。


 それを眺めながら、一直線にダンジョン協会に向かうが。


「申し訳ありません。会長はただいま留守にしておりまして……」


 セルに会いに来たが、顔見知りの受付嬢は申し訳なさそうな顔で答えた。


「いないのか、いつ帰るんだ?」

「しばらくはとおっしゃってました……あっ」

「なに」

「サトウ様の事はすぐに連絡しろとも言ってました。連絡しますので、また明日来ていただけますか?」

「ああ、いや。大丈夫だ。戻ってきたらまたくる」


 そう言って、ダンジョン協会を後にした。

 俺が探してるって言えばセルはすぐにでもすっ飛んでくるだろうが、そこまでしてもらうのは心苦しい。


 急ぎじゃないしな。


 ダンジョン協会の外に出て、エリに話しかけた。


「ごめんなエリ、何日か待ってくれ。そのかわり、真剣に考えるから」

「……(ぷるぷる)」


 首を横に振るエリ。

 ダメだ、という意味じゃなく、気にしないで、という表情に見える。


「ありがとう、エリ。ちょっと前にでたタカラバコ、あれが今出ればなあ」

「……?」

「ちょっと調べものがあるんだ」


 タカラバコ、ダンジョンの外にも存在し、倒せば「この世にはない物」をドロップする特殊なモンスター。


 何回か倒したことがあるが、いずれも俺が元いた世界の物をドロップした。


 今欲しいのは、化学に関する本だ。


 ぶっちゃけ、エリスロニウムの事をそんなによく知らない。


 ○○ウムだから聞いた瞬間元素なのは分かった。

 アルミニウムとか、マグネシウムとか、仲間でもアウルムにニホニウムがいる。


 だが、それ以上は知らない。

 元素・エリスロニウムのことをまったく知らない。


 名前をつけるんなら、ちゃんと知るべきだと思う。


「セルが戻ってきたら、タカラバコ集めてもらうように頼みに来ような」

「……(ニコッ)」


 微笑みながら頷くエリを連れて、ひとまず、出直すことにした。


     ☆


「ヨーダさん、おはようございます、ヨーダさん」


 翌朝、エミリーの優しい声が俺を起こす。


「おはよう、エミリー」

「おはようございます、ヨーダさん。お客様が来てるです」

「客?」

「はいです」


 誰だろう……。

 ベッドから降りる。

 夜もくっついて寝るエリは小動物のように、小さく丸まってベッドの上で寝ている。

 ぶかぶかのパジャマと相まって、愛らしくていつまでも見ていたいと思ってしまう。


「ヨーダさん」

「おっと。で、客は?」

「ネプチューンさんなのです」

「ネプチューン? ……ランとリルは一緒か?」

「一緒なのです」

「そうか」


 ちょっとほっとした。


 俺は三人の事をH2Oトリオと読んでいる。


 ネプチューン・オキシジン。

 ラン・ハイドロジェン。

 リル・ハイドロジェン。


 それぞれオキシジンとハイドロジェンの精霊付きだ。


 いつも三人で一緒にいて何があっても離れないイメージだが、前にネプチューンだけ来たときはランとリルの二人がピンチになって、そこからテネシンの一件に発展した。


 それもあって、まずは二人がいるかどうかを確認したのだ。


 俺は着替えて部屋を出て、いつもの感覚で応接間に向かった。


「……って、ないんだっけ。こっちに応接間は」


 十歩くらい歩いてから、その事に気づく。

 新しい屋敷、エリスロニウム・ダンジョンの中。


 俺と俺の仲間以外を拒むエリは他人をダンジョンに入れない、従って客間もいらない。

 ということで作らなかったのだ。


「えっと、エミリー、ネプチューンは?」

「向こうの応接間なのです」

「わかった」


 頷き、ダンジョンを出て、元の屋敷に戻る。


 通常、引っ越したあとの部屋はがらんとなって、空気なども全部違うものになるもんだ。

 一番わかりやすいのは家具が全部なくなって、声がやたらと響くようになるという点だ。


 それがこっちの屋敷にはない。

 仲間の全員が引っ越しても、こっちはエミリー空間のまま――明るくて温かい空間のままだ。


 その明るい廊下を進み、客間に入る。


 ソファーにネプチューンが座っていて、いつものようにランとリルが背後に立っている。


 タイプが正反対の美女と美少女、ネプチューンの背中に立っているときは、まるで天使と一対の翼のように自然だ。


 ネプチューンの向かいに座ると、彼はおなじみとなったさわやかな笑顔を向けてきた。


「やあ、おはよう」

「こんな朝から来るなんて、何かあったのか?」

「うん、これを届けに来たんだ。ラン、リル」

「わかった」

「まったく、なんで私がこんなやつのために……」


 笑顔で応じるラン、ぶつぶつ言うリル。

 二人はネプチューンの背後から何かを持ち上げて、回り込んで俺たちの間に置いた。


「これは……」

「タカラバコ」


 にこり、と微笑むネプチューン。

 俺たちの間に置かれた物、それはモンスターのタカラバコだった。


 開いた蓋の縁がキザキザ歯になってる特徴的な見た目だが、今は鎖に縛られて()が開かない。

 それをもがこうとしてガタガタしている。


「どうしたんだ、これは?」

「昨日つぶやいてたでしょ、タカラバコを探してるって」

「昨日?」

「街中で……違った?」

「いや……そりゃ……」


 つぶやいた、な。

 エリとのやりとりの事だろう。タカラバコを見つけるまで待っててくれとエリに言った。

 確かに、タカラバコを探してるってニュアンスの発言だ。


「それを僕の知りあいが教えてくれてね、だから探してきたんだ」

「探してきたのか?」

「恩返しさ」

「恩返し」

「君のおかげで、僕はランとリルの二人と居続けることが出来た。だから、せめてもの恩返し」

「そうか。ありがとう、正直助かる」


 そんな事いいのに、というのも失礼だろう。

 ネプチューンにとって、二人と一緒にいられるのはそれだけ重要なことで、それをまもった俺への感謝の気持ちはきっと結構大きい。


 だから、それを素直に受け取ることにした。


「これをどうするんだい? またパワーアップでもするのかい?」

「ちょっとね、調べものさ」

「そうか、もしまだ必要なら遠慮無く言って。君には及ばないが、僕もそれなりに伝手があるからね」

「ああ、ありがとう」


 ネプチューンは立ち上がり、ランとリルを引き連れて歩き出す。

 ランは俺にぺこりと頭を下げ、リルはいつもの如く不満そうにしながらも、目礼だけ投げつけてきた。


 タイプの違う二人、チャンスがあればネプチューンに馴れ初めを聞いてみたいな、とちょっとだけ思った。


 そのネプチューンがドアノブに手をかけて、ドアを開けた瞬間。


「ひゃう!」


 ドアの向こうにエミリーがいて、ノックをする手がからぶった。


「おっと、これはタイミングが悪かったね」

「大丈夫なのです」

「どうしたんだ、エミリ-?」

「ヨーダさんにお客さんなのです」

「また客? 今度はだれだ?」

「みんな外にいるです」

「みんな?」


 廊下に出て、窓から外を見た。

 屋敷の中庭に人がたくさんいた。


「なんだあれは……ってしってる顔がほとんどだ」


 パッと見ただけでも、クリフやマーガレットといった傘下扱いの人達。

 それだけではなく、美食家のエリックや、フィリンダンジョン協会長のマオ・ミィ。


 今まで関わった人達がそこにはいた。


「ふふ、僕が一番乗りだったみたいだね」

「一番乗り?」


 横並んできたネプチューンを見る。


「え? じゃあ、みんな……」

「うん。ほら、みんなの足元」

「……本当だ! みんなタカラバコを捕まえてきてる!」

「噂が広まったんだろうね」

「俺のつぶやきが? どうしてまた」

「僕が知ってる顔も結構いる、君とのエピソードももちろん知ってる。みんな恩返しなんじゃないのか?」

「……あっ」


 そう言われて思い出した。

 庭にいる面々は全員、俺が何かしら手伝った人達ばかりだ。

 見た感じ、みんなタカラバコを捕まえてきてる。数はざっくり数えても十は超えている。


「つまり、これが君の人徳ってわけだ」

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