388.エリとエリスロニウム
プルンブムダンジョン、精霊の部屋。
転送部屋で飛んでくると、それまで俺にしがみついていたエリがトタタタ、と離れていった。
「エリ?」
「……(ニコッ)」
相変わらず喋らないエリだが、なんとなく「頑張れ」と言ってる気がした。
「何を頑張るんだ?」
「何を頑張るのじゃ?」
部屋の主、精霊プルンブムが俺のつぶやきに反応した。
「さあ、エリにそう言われた気がしたんだ」
「なるほど。心が通じ合っているのかな」
「そうだといいな」
エリの傷ついた心を完全に癒やせるまでは気を抜けない。
「それにしても、最初に来たときとはまるで別人じゃのう。妾の顔を見てほっとはしたが、それでもそなたからはなれんかったからな」
「精霊は仲間だから安心、でも精霊の部屋は良くない想い出があるから怖い……と俺は解釈した」
「なるほどのう」
毎日ここに来て世間話をしてるので、プルンブムはエリの事情を理解している。
「今日のこれで、また一歩前進じゃな」
「そうだな、少しずつ前進してる」
「今はエリスロニウムの所に住んでるのじゃな」
「ああ、ダンジョンを改造してくれたからな」
「ダンジョンを住処にする人間は珍しくないが、住処に改造する人間は初めてじゃ」
「プルンブムの所も住む人がいたのか?」
アウルムと同じ、自分のダンジョン以外の事はあまり詳しくなかったプルンブム。
俺から聞いた話をのぞけばほとんど実体験だ。
「そこそこにな。前に聞いた事がある。冒険者は他と違って、どうしてものめり込むものじゃと」
「のめり込む?」
「働きづめになるということじゃ」
「……ああ」
「どういう事じゃ?」
「理由は聞かれなかったのか?」
「そなたの解釈が聞きたい」
ニコリと、微笑むプルンブム。
彼女一流の甘えだ。
どんなにつまらない話でも、既に聞いた事のある話でも。
俺から聞いた事のある話でも。
彼女は俺の口から聞きたい、もう一度でも、二度でも、三度でも――俺の口から聞きたい。
そういう遊びを楽しんでいると知ってから、俺は彼女の前ではなんでも話す事にした。
「冒険者は腕一本で稼ぐ、モンスターを倒した分収入が増える。特に個人でやってれば」
「なるほど」
前に聞いた事のある前提でも、プルンブムはニコニコと初めて聞いたような顔をする。
「頑張ればその分見返りが確実に増えることだと、人間は頑張れるんだよ。そして一部の人間は限界以上に頑張れる」
「限界をこえるのか?」
「ああ、他人の限界を」
「他人の?」
「その人にとっては全然限界じゃ無いけど、普通の人間には限界になる所をひょいと超えていく。……うちの社長がそうだった」
「前に聞いた、そなたのいた組織の長だな」
頷く俺。
あのころと違って、離れて、冷静な目で見れるようになった。
「今にして思えば、ブラック企業で、中間管理職もクズばかりだったけど、社長だけはガチで俺ら以上に働いてた。俺は出来る、俺は出来た、なんでお前達はできないんだ? を地で行ってた」
「ふむふむ」
「ゴジラが『息を吸って吐けば放射熱線になるじゃん?』っていっても、人間は『いやいやそれ無理っすよ』みたいなもんだ」
「そういうものなのじゃな」
俺のたとえにも、プルンブムは突っ込まずに流れるように相づちを打ってくれる。
かなりの聞き上手で、こっちもついつい色々話してしまう。
気がつけば数時間経っていた。
「……(ぐいぐい)」
エリがそばにやってきて、俺の袖を引っ張った。
「どうしたんだ?」
エリは無言で転送ゲートをさす。
「帰りたいのか?」
「……(コクッ)」
「そうか。悪いプルンブム、今日は引き上げるよ」
「今日もありがとう」
「また明日。行こうエリ」
エリの手を引いて立ち上がる。
「のう」
「ん?」
別れを告げたばかりのプルンブムが話しかけてきた。
「どうした」
「エリとは、エリスロニウムの略じゃったな」
「ああ、そうだけど?」
「その子の話は聞いておる。偽物扱いされておったな」
「ああ」
「ならば、いっそのこともっと違う名前にすると言うことは考えなかったのか?」
「もっと違う名前? エリスロニウムからエリをとるんじゃなくて、完全にちがうものってことか」
「うむ」
「なるほど」
プルンブムの言うことにも一理ある。
しかしそれをエリは求めなかった――。
「……(ぎゅっ!)」
裾をかなり強く掴まれた。
エリを見ると、ものすごく強い、何かを強く訴えかける目でこっちを見ているのが見えた。
「エリじゃないほうがいいの?」
「……(コクコク)」
「なるほど……」
エリスロニウムじゃない名前。
愛称じゃ無くて、名前。
それを俺がつけていいのか?