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387.ちょっと嬉しい

 シクロの街、行きつけの酒場、ビラディエーチ。


 エルザ、イーナ、それにエリ。

 この四人で、壁に面して隅っこの席に座っていた。


 ここに来たのはエリのリハビリがメインだ。

 最近は俺にしがみついてればダンジョンでも、他の冒険者が出入りしてる場所でも大丈夫な風になってきたので、もうちょっと進んで、酒場に連れてきた。


 ダンジョンの倍は騒がしい酒場。

 俺の膝の上から離れようとしないが、必要以上に怯えてもいない。

 しまいには俺にしがみついて眠りについた。


 良い傾向だ。


「また一年終わっちゃいますね」


 グラスを傾けながら、エルザがしみじみとつぶやいた。


「時間が経つの早いよな」

「はい、リョータさんと出会ったのがついこの間のことなのに」

「んー、むしろここまで来るの長かったかなあ?」


 と話したのはイーナ、言いながら流し目をエルザに送っている。


「そうかな?」

「ああ、それが分からない位成長してしまったのね。リョータさんを食事に誘うだけで一杯一杯だった可愛いあの子はいずこ」


 よよよ、って感じで嘘泣きをするイーナ。


「そ、その話はもういいでしょう!」

「悪かったな、あの頃はここに――シクロに来て間もないから、いろいろ勝手が分からなくて余裕が無かったんだ」

「リョータさんは悪くありません! むしろ……だから……」


 ごにょごにょと、グラスに口をすっぽり入れて何か呟くエルザ。

 まったく何を言ってるのか聞き取れない。


 小首を傾げながらイーナを見て、ビールでぶくぶく言ってるエルザをさす。

 イーナはちょいちょい、と手招きしたので身を乗り出して耳を貸すと。


「フゥー」

「ひゃあ!」


 耳元で息を吹きかけられた!


「な、なにするんだ」

「あははは、お礼よ。感謝のき・も・ち」


 語尾にしっかりハートマークがついてるような扇情的な言い方をするイーナ。


「お、お礼?」

「そ、リョータさんについて来たから、私たちも念願の店を持てたのよ。だから、感謝の気持ち」

「ああ……なるほど。だったら、別に息を吹きかけなくても」

「あら、耳をハムハムした方が良かったかしら」

「そういうからかいはちょっと困るな」

「もう、相変わらず堅物なんだから」


 ため息を吐きながら、俺の胸板をチョン、と突っついてくるイーナ。

 普段からこういったスキンシップが多めな子だが、酒が入るとその傾向はますます強くなる。


「うーん、美味しいお酒。こういうのもそろそろ出来なくなるのかもねえ」

「え? どういう事なの、イーナ」

「どっかいっちゃうのか?」


 イーナの意味深な発言に驚く俺とエルザ。


「んーん。そういうんじゃなくて、ただ、リョータさんが――」

「あの! リョータ・サトウさんですか!」

「ん?」


 酒場の中でもよく通る、しかし若干上ずった声が聞こえてきた。

 振り向くと、まだちょっと顔に幼さが残ってる感じの若い冒険者が俺の前に立っていた。


 両手はビシッと指を揃えて太ももの横に張り付いている。顔からも何故か緊張が窺える。


「ああ、そうだけど?」

「やっぱり! あの! 握手をしてもいいですか?」

「握手!?」


 いきなり、なんだ、と思いつつも、若者の熱望する眼差しに押されて、おずおずと手を差し出した。


「ああっ、感激です! あのサトウさんに握手してもらえるなんて」

「俺の事知ってるのか?」

「もちろんです! 農業都市本拠で納税額世界一位になった史上初の人です! 俺たちの憧れです!」

「そ、そうか……俺たち?」


 よく見ると、若者の向こうにも何人か、テーブルに着いてるがこっちに熱烈な眼差しを向けてくる集団があった。

 若者同様話しかけたいが、いまいち勇気がだせない、そんな感じだ。


 向こうから来れないみたいだから、こっちから水を向けてやった。


「あそこにいるのは仲間?」

「は、はい!」


 俺が話題にしたので、向こうにいる若者の仲間達がぞろぞろやってきた。


「あの、俺たちも……」

「握手、いいですか?」

「ああ」


 希望してくる若者全員に握手をしてやった。

 大学生くらいの集団が、いきなり芸能人に出会ったかのようなテンションで次々と握手してきた。


 一通り握手を終えると、若者達は自分達のテーブルに戻っていった。


 振り向くと、エルザが感心してて、イーナがイタズラっぽい笑みを浮かべていた。


「こういうことよ。有名人だからね、こういうオープンな所じゃ飲みづらくなるわよ」


 直前までしてた話と繋がって、俺は苦笑いした。


「こんなの偶然――」

「もし、ちょっとよろしいですかな」

「ふえ?」


 今度は落ち着いた声だった。

 振り向くと、白髪でしわくちゃのおじいさんが目の前に立っていた。


「サトウさん、ですかな」

「はい……」

「うちのばあさんが大ファンでね。これに、サインをいただけないだろうか?」


 そう言って、おじいさんが差し出してきたのはブロマイド。


 プルンブム産の、使ったら俺っぽい超イケメン、リョー様が召喚できる「リョー様の威光」だ。

 おじいさんはそれに俺のサインを求めてきた。


「わ、わかりました……はい」


 いきなり言われて、とりあえず、宅配の伝票に書くときのサインしか書けなかった。


「ありがとう、ばあさんも喜びます」


 おじいさんは嬉しそうに、穏やかな笑顔でお礼を言って、去っていった。


振り向くと、イーナがますますニヤニヤしていた。


「偶然じゃなかったみたいね」

「むむむ」

「なにがむむむよ。リョータさんはもうちょっと、自分が有名人だって自覚した方がいいわよ」

「そうみたいだな」

「んふー、まんざらでもないでしょ」

「むっ」


 正直……まあ、その……。


「……ちょっと、嬉しい、かも」


 ちょっと恥ずかしいが、悪くない気持ちだと、思ったのだった。

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