386.ゴミから始まる新たな生活
「なの、です!」
セレンダンジョン、地下二階。
エミリーのハンマーが、バイコーンの脳天に深く突き刺さった。
三度目のアタック、エミリーの一撃がバイコーンの二本角を作戦通りへし折った。
ふらつき、倒れ。バイコーンの姿がダンジョンから消える。
「さすがエミリー、今の一撃は見事だったぞ」
「ヨーダさんの応援のおかげなのです」
「いやいや。バイコーンのテリトリー外から一気に飛び込んで、減衰前の力を速度と位置エネルギーに変えて一気に叩き込む。ファインプレーだ」
「ヨーダさんを見習っていつも考えてるから出来たです」
ほめ合う俺とエミリーの二人。ちなみにエリは今日も俺の足にしがみついている。
ダンジョンマスターなんて怖くない、俺と離れるのがいやだ、って事でくっついて来た。
それもあって、バイコーンの討伐をエミリーに任せたのだ。
俺とエミリーが戦闘後の語らいをしている傍らで、ダンジョンの中で冒険者が次々と動き出していた。
出現時には他のモンスターが全て出現しなくなってしまうダンジョンマスター・バイコーン。
それの討伐に応じてやってきた俺たちだが、冒険者達は早期討伐を予想して、ダンジョンのあっちこっちで待機してたらしい。
それもあって、バイコーンが倒れてから三分もたってないのに、既にあっちこっちでドロップの生産が再開されていた。
「さて、俺らも帰るか。俺は途中だったプルンブムの所に寄っていく」
「私はアルセニックに行くです」
「わかった。夜はいつも通りの時間に帰る」
そう言って、別れを告げようとした途端。
ドン、と誰かとぶつかった。
「あっ、すみません」
冒険者の男だった。
男は俺に頭を下げて謝って、通り過ぎようとする。
「ちょっと待って、これ落としたぞ」
「え? あっ、ごめんなさい」
ぶつかったときに落としたものを拾い上げて渡すと、男は申し訳なさそうな顔でそれを受け取った。
が、受け取りがうまくいかなくて、取り落としてしまう。
袋でまとめていたものがぶちまけられて地面に散らばる。
ゴミだった。
大半が食べ物の残りで、いろいろがくちゃくちゃに混ざり合ってる生ゴミだ。
「ごめん! 今すぐ片付ける。ほっといたらハグレモノになってしまうからな」
男はそういって、ゴミを袋に詰め直して、背負っているリュックに突っ込んだ。
もう一度俺に頭を下げて落とし物を教えた礼を言って、そのまま立ち去った。
「……わるいエミリー、ちょっと用事が出来た」
「はいです。また後でなのです」
エミリーと別れて、しがみついたままのエリを連れて、男の後を追いかけた。
追いついた男はモンスターのトレントに苦戦していた。
体の動きが見るからに鈍くて、「安全周回」をモットーとするこの世界の冒険生産者らしからぬ動きだ。
それをしばらく見ていたが、男はトレントを倒しきれず、逆にピンチに陥った。
吹っ飛ばされて壁に背中を叩きつけられて、トレントからとどめの追撃。
ダーン!
銃を抜いて、追撃の触手を吹っ飛ばした。
そのまま男とトレントの間に割って入る。
「あ、あなたは……」
「追いかけてきて良かった。横殴りは後で謝る」
男に一言断って、トレントに火炎弾を撃つ。
特殊効果のある火炎がトレントの全身を包み、炎上させる。
「追いかけてきたって……え、なんで?」
「さっきのゴミ」
「ゴミ? それは悪かった――」
「そうじゃない。あんた家に帰れてないんだろ?」
「そうだけど……」
それが、って顔をする男。
やっぱりそうだった。
昔会社にいた時よく見てきた光景だ。
サービス残業が多くて、家に帰れてない人ほど、机の上とかその周りに生活感溢れるゴミが散乱してるものだ。
コンビニのおにぎりやサンドイッチの包み紙とか、飲み干したコーヒー缶とか。
この世界でのゴミはもっとヤバイものだ。何しろほっといたらハグレモノ――モンスターになる。
ゴミを即処分、が鉄則のこの世界でゴミを荷物に持ち歩いてるなんて、何日もずっとダンジョンに泊まっているとしか思えない。
よく見れば、唖然としている男の目の下にかなり濃いクマが出来ている。
「仕事、大変なのか?」
「え? いやまあ……ノルマがちょっと。家族に迷惑をかけられないからな」
「家族?」
「といっても血の繋がった家族じゃなくて、ファミリーの事だ。うちはアットホームが売りのファミリーだから、みんな家族なんだ」
「……そう」
眉がビクッ、ビクッと、自分でも止められない勢いでひくついた。
「ノルマってどれくらいあるんだ?」
「一昨日の分がまだ半分かな」
「一昨日の分?」
ますます眉がビクッとした。
「今日はそれをまず埋めて、夜頑張って昨日の分を取り戻せば明日ちょっと楽になる」
「それよりもちょっと休んだ方が良くないか?」
「いや、家族に迷惑は――」
男が同じ言葉を繰り返そうとしたから、それをさえぎった。
「家族なら、無茶して倒れた方が迷惑が掛かるんじゃないのか?」
「うっ……」
「遅れててその上更に倒れられたら迷惑どころじゃないぞ」
「それは……そうだが……」
男が揺らいでいる。
この手のブラックパーティー、洗脳の度合いがどれほどなのか分からないから、とりあえず刺激しないように、向こうの言い分を否定しない流れで説得する事にした。
そのかいもあって、男は説得されかかったが。
「本当にそれでいいのか」
俺たちの会話に、別の女の声が割り込んできた。
メガネを掛けた三十台前半の女で、短く切りそろえた髪とつり上がった目がきつい感じを受ける。
女は現われてから俺に一瞥もくれずに、男にスタスタと近づいて、手を取って目を真っ直ぐ見つめた。
「お前を受け入れてくれた家族のみんなを裏切るのか」
「うっ……」
「行き場のないお前を拾ってくれた家族なのよ。こうして家族のバックアップで働けるだけでも感謝するべきだとおもわないのか」
「そ、それは……そうだけど」
「部外者の戯れ言に耳を貸すのは愚か者の真似よ。これをみて」
「こ、これは……」
女が差し出した紙を見て、驚く男。
「そう、あなたの成績。わずかながら上がってきている。今あなたは勢いに乗っている。それもこれも家族のバックアップのおかげ。そう思わない?」
「そ、そうだよな」
「そもそも、そうやって休む自分が冒険者の中で通用すると思ってるの?」
「……そうだよな、俺はクソザコナメクジだから、他の人の倍は頑張らないとな」
「分かってくれて嬉しいわ。私はあなたの更なる成長を期待している」
「うん、見ていてくれ!」
……なんというか、見事な洗脳だなあ。
あれよあれよってうちに丸め込む手際の良さ、こっちがまったくつけいる隙間のない話術で、男は一瞬にして丸め込まれた。
とは言え、そのままにしてはおけない。
この状態からむち打って更に働かせる先には悲劇しかない。
どうにかして止めないと。
「……ん?」
「なにこれ」
「いいにおい……」
その場にいる全員が異変に気づいた。
鼻腔をくすぐるいい香り、この香りは!
パッと振り向くと、そこでエミリーが火をおこして料理をしていた。
香りは鍋の中から香ってくる、エミリーの料理の温かいぬくもりだ。
「どうしたんだエミリー、こんな所で」
「ゴミの意味はわかるです。私もダンジョンに住んでたです」
「あっ……」
俺と出会う前のエミリーはダンジョンに住んでいた。
俺と違う形だが、彼女はゴミを持っている事から相手がダンジョンに住んでいるとわかったのだ。
エミリーはいい香りのするスープをよそって、男に差し出した。
「はい、どうぞなのです」
「え?」
「休まなくてもいいです、でも体を温かくした方が力がわくです」
「そ、そうだな。スープ一杯くらいは……」
男はそう言って、ちらっと尻目に女を見てから、おそるおそるスープに口をつけた。
「あぁ……」
男の顔が一気に弛緩した。
ビクビク怯えたり、疲労でうつろな目だったりしてたのが、エミリーのスープを口にした瞬間ほんわかと、幸せに包まれた表情を浮かべた。
温かいスープを両手で持って、何度も息を吹きかけつつ、ゆっくりと飲み干した。
「ありがとう……」
「おかわりどうぞなのです」
「うん、ありがとう……」
男はくり返しエミリーに礼を述べ、新しいスープを受け取って、その場に座り込んでスープを飲み出した。
「ありがとう、二人とも。俺、どうかしてたみたいだ」
感激する男、そこに、スープの香りに誘われて、冒険者が次々と寄ってきた。
「おっ、なになに、エミリーちゃんのお料理? 俺らもちょっとお呼ばれされていい?」
「もちろんなのです」
「よっしゃ。じゃあいつもの差し入れ。さっき取ったばかりの鶏肉だ」
「こっちはブタだけどいい?」
「ちょいまち、上の階で野菜も取ってくる」
エミリーの周りに冒険者が次々と集まって、食材と引き換えにエミリーのスープをもらう。
エミリーはその食材を更に調理してみんなに振る舞い、その香りにつられて更に冒険者と新しい食材が集まってくる――。
ちょっとした宴、一種の永久機関の様相を呈していた。
「そういえばお前」
「え?」
働きづめだった男がいきなり水を向けられて困惑する。
「お前さ、一人でやろうとすんなよ。つらいときはつらいって言え、それで周りに助けを求めろよ」
「いや、しかし……、他人なのにそんな迷惑」
「迷惑じゃねえよ、むしろ根詰めすぎて倒れられるほうが迷惑だ」
「まっ、俺は別にいいと思うけど。こういうのがいるからエミリーちゃんの料理にありつけるんだし」
「ツンデレんなよお前。昨日こいつのフォローしたの見てんだぜ」
「――なっ! あれは別にフォローじゃなくてだな!」
盛り上がる冒険者、ぽかーんとする働きづめの男。
瞬く間にエミリーが支配したセレン地下2階では、俺の出番なんてもうないみたいだった。
だけど、これでいいと思った。
男の表情が驚きから入ったものの、徐々に、みんなの言葉を受け入れて、しまいには感激して涙ぐんでいたのだから。
「ちっ」
もはやどんな洗脳も効かないと、女は苛立ち全開の舌打ちを残して、無言で立ち去ったのだった。