385.セルの迷い
「サトウ様……」
シクロダンジョン協会会長室。
話があると呼び出されてやってきた俺が見たのは、難しい顔をしたセル・ステマだった。
「また何か起きたのか?」
一方の俺はと言えば、割と落ち着いていた。
セルに呼び出される、何か事件が起きてる。
その流れにすっかり慣れきっている。
「難しい判断が一つ。場合によってはサトウ様の名を汚す事になるかもしれん。その判断が余にはできん」
「俺の名? 汚される程たいした名前じゃないけど……何があったんだ?」
「今年も年末の表彰をする時期がやってきた」
「年末の表彰? あああれか」
久しぶりに出てきた話に懐かしさを覚えた。
一年に一度の話だから、久しぶりなのは当たり前なんだが。
「サトウ様のファミリーは軒並みアップ査定だ。ハンマーと魔術師は☆3、魔物使いは☆2、王女と凡人としもべとミニ賢者はともに☆1だ」
「おお、みんなあがったな。って王女と凡人、それにしもべってだれ?」
「うむ? えぇっと、名前はたしかマーガレットとクリフとか言ったか。しもべはレイアだ」
「ああ!」
俺はポンと手を叩いた。そうかマーガレットとクリフか。
それぞれにファミリーを持つ二人だが、一応俺の傘下に入っているという扱い。
「あの二人も表彰されるのか」
「うむ」
「あれ? イヴは?」
「兎は唯一のダウンだ、去年の☆5から4にダウンしている」
「ありゃりゃ、なんで下がったんだ?」
「何もしなかったからだ」
うーん、厳しい。
イヴも何もしてないって訳じゃないんだけどな。
むしろカルシウムに認められて、イヴ・カルシウムってなのれる精霊付きの一人になったんだ。
だがまあ……たしかに業績らしい業績を何も上げてないって言えばそうかもしれない。
仲間になる前に比べると、特に何もしてないのが目立つ。
ダウン査定もしょうがないだろう。
本人はそんな事、気にも留めないだろうが。
「そっか、ほとんどみんなアップしてるのか」
「うむ……」
「……ん?」
セルがすごく複雑な表情をしている事に気づいた。
「ああそうか、難しい判断が、ってのがそもそもの話だったっけ。……俺の名前を汚す事になるってどういうことだ?」
仲間達の朗報にすっかり忘れていたが、そもそもがそういう話でセルに呼び出されて来たんだ。
改めてそうセルに聞くと。
「実は、サトウ様は今年も☆7と言うことになるのだ」
「そうか」
「しかし、サトウ様がこの一年間で上げた業績を考えれば☆7どころの騒ぎではない。セレンの一件、フィリンでの品種改良。ユニークモンスターの村を作りあげてのゴミ処理。フォスフォラスの処理。プルンブムの籠絡とブロマイド。ダンジョン都市テネシンの建設。ハセミとカルシウムの再生。そしてエリスロニウム」
「おー……」
よどみなく数え上げるセル。
この一年で色々やったなあ。
「その他にも細かい事が色々。今やサトウ様の存在が理不尽の抑止力になっている。そんなサトウ様に、☆7では失礼にあたるというもの」
「別にいいんじゃないのか? 天井に張り付きっぱなしならそれはそれで」
「しかし他にも☆7はいる。がそいつの業績はサトウ様と比べれば児戯のごときもの。サトウ様には別途何か表彰をと思っている」
「別途?」
「☆8を新設するか、殿堂入りするか」
「へえ」
そんな事を考えていたのか。
「……どちらも不満、ということか?」
「いや、どっちも好きにしていいよってだけだ。別にその為にしてきたわけじゃないからな」
セルが読みあげた俺の今年の業績。
ほとんどが、理不尽な目に遭ってたり救いを求められたりしたからやっただけだ。
表彰される為にやったわけでも、他と差別化をしたくてやった訳でもない。
「好きにしろよ、俺はなんでもいい。ああ、なんだったら選考しなくてもいいんじゃないか?」
「なに?」
「あえてしないというのも一つの特別、じゃないのか? ☆8の新設という、ルール破りを気にしてるんだろ?」
「……うむ」
「だったらそうだな、俺が辞退しよう。で、表彰されるとしたら☆いくつだったか、というのは隠そう。それなら大丈夫だろ?」
「……なるほど、秘匿する事で神秘性が上がるわけだな」
「そういう側面もあるな」
「……本当に気にしないのか、サトウ様は」
「ああ、そういうのは気にしない。名声の為にやってる訳じゃないからな」
「わかった。すまなかった変なことをいって。迷いが吹っ切れた気分だ」
「いやいいさ、いつもお世話になってるし」
俺は立ち上がって、手を出して握手を求めた。
「これからもよろしくしてくれるとありがたい」
「こちらこそ」
セルは素直に手を握りかえしてきた。
何事かと思ってきてみたが、何事もなくてよかった。
しかし数日後、公表された表彰リストで、俺は唯一新設された☆8になっていた。
そっちに吹っ切れたのか、とリストをみてちょっと苦笑いしてしまった。