383.世界一位(2)
テルルダンジョン、地下一階。
色々と一段落ついて、久しぶりにダンジョンに稼ぎに来た。
メイン稼ぎダンジョンのテルルを、エリを連れたまま周回している。
エンカウントして、襲いかかってきたスライムを誘導して魔法カートの上で撃ち抜く。
ドロップしたもやしがそのままカートに入る、ここまでは慣れたもの、しかし今までとちょっと違うのは。
「おっと、またカートがいっぱいになったか。エリ、スイッチを押して」
「……(コクッ)」
魔法カートを押してついて来てるエリは言われた通り、スイッチを押してカートの中身をエルザ達の所『金のなる木』に送った。
色々片付いて、稼ぎを再開した俺について来たエリは、小さい体でよいしょよいしょって感じで魔法カートを押している。
それを俺が横についてて、襲ってきたモンスターを流れるような動きで倒してドロップ品をカートに放り込む。
まるでスーパーで買い物をしている親子のようだ。
「ありがとう、エリ」
「……(にこっ)」
頭を撫でると、エリは嬉しそうに笑った。
俺にしがみつくだけからお手伝いをするようになった。
もうちょっとしたら自分の為の行動をし出すかもしれない。
それまでもう一息――
「いやいや、慎重にいこう。こういう時気を抜いたら元の木阿弥になるからな」
「……?」
「エリも気をつけてって事だ。モンスターの攻撃、当ったら危険だからな」
さらっとごまかすと、エリは小さくガッツポーズを入れて、気合を入れた。
モンスターに襲われる、という話にはまったく怯えとか、トラウマといったものを見せない。むしろ積極的に立ち向かっていくのである。
やはり前のエリ――エリスロニウムを殺したのは人間だろうなと、改めて確信をもった。
「よし、じゃあもう1セットいって、それで帰るか」
「……(こく)」
カートを押すエリとともに地下二階に降りる。
二階の眠りスライムからニンジンをカートいっぱい分稼いで送って、その足で地下三階に降りる。
三階のコクロスライムでカートいっぱい分稼いで四階に――。
それを繰り返して、周回コースに設定した階層を1セット回った後、転送ゲートで屋敷に戻った。
新しい屋敷、エリスロニウムダンジョンの中。
そこに戻ってくると――。
「――ッ!」
エリがいきなり、ビクッとして、カートを投げ出して俺にしがみついてきた。
「どうしたんだ?」
「……(ぷるぷる)」
俺のズボンに顔を埋めて、頭をプルプル振るエリ。
一体何が。
「ヨーダさんお帰りなのです、みんな外で待ってるです」
「みんな?」
「カルボンと、アルデヒドと、アレーンと、他にも色々協会の人が来てるです」
「聞いた事のある名前だな……」
元素名じゃない、だったら街の名前か?
「ハイです、去年も来てたですよ」
「去年も?」
「ヨーダさんに引っ越しをお願いしてる人達です」
「……ああ」
ようやく思い出した。
ちょうど去年のこの頃、直接で来たり、『燕の恩返し』経由で来たりと、いろんなダンジョン協会の人が挨拶に来た。
目当ては俺の税収で、引っ越してくれって話だ。
特に困ってる人達じゃないから、一通りの社交辞令をかわした後かえってもらったんだが。
「また来たのか。……だからエリが怯えてるのか」
俺にしがみついて、壁越しに外の方角をチラ見するエリ。
「ハイです、ここはエリちゃんが許可した人しか入れないです、だからみんな向こうの屋敷に待たせてるです」
「なるほど」
「でもちょうどよかったです、引っ越しする前だったら入らなかったです」
「入らなかった? ああ、他にも色々っていってたな」
「ハイです。全部で十三箇所来てるです」
「十三!? なんでそんなに」
「あれ? ヨーダさんまだ知らないです?」
「何を?」
「今年の年間買い取りランキングが発表されたです、ヨーダさん一位だったですよ」
「……おおっ」
ポン、と手を叩く。
そういえばそんな話もあったっけか。
☆
夜、ようやく来客を全員送り返して、エリスロニウムの中のサロンに戻ってきた。
「おっかえりー」
みんながくつろいでるサロンに入ると、アリスの陽気な声に混じって、エリが俺にタックルしてしがみついてきた。
「ただいま。エリも。もうみんないなくなったから平気だよ」
「……(こくっ)」
頷きつつも、俺にしがみつくエリ。
やっぱり人間は怖いんだな……。
そんなエリを連れていつもの席に向かって、俺の膝の上にのっけて座る。
「お疲れ様なのです」
「ありがとうエミリー。いやでも、大変だった」
「断るだけなのに?」
アリスが不思議そうに聞いてきた。
「だからだよ。角を立てないで断るのは上級テクニックなんだ」
向こうの世界にいたときもそれが苦手だったんだよな。
「これでみんな、困ってるから助けて、だったらよかったのかな?」
「そうだな、その方がまだ気が楽だ。『やる』しかないんだからな」
「それはあまり外では言わない方がいいわ、つけ込む輩がふえるわよ」
セレストが言った。
「そうだな」
「低レベル、ウサギはニンジン欠乏兎機能低下症候群にかかった、ニンジンを――」
「ん」
ポーチに収納しておいたニンジンを取り出してイヴに渡す。
「うまうま」
受け取って早速かじりだしたイヴ、幸せそうな顔だ。
「早速利用されてるわね」
「こっちはしょうがないじゃん? リョータのニンジン、イヴちゃんには中毒性があるからね」
「ええっ? たまに震えてるのそれだったのです!?」
「なにそれマジくさい!」
エミリーの言葉に突っ込む。
仲間達を交えての、一日の終わりの、サロンタイム。
そうしていくうちにエリの体からこわばりが徐々に消えていった。
「あっ、そうだリョータさん」
「どうしたエルザ」
「リョータさんが一位になったの、うちの宣伝に使ってもいいですか?」
「『金のなる木』? ……宣伝になるか?」
「はい! 世界一位が愛用してる店だったら抜群です」
「他の三人にももうお願いしてるのよ、後はリョータさんだけね」
イーナが言って、俺は首をかしげた。
「他の三人?」
「これも知らなかったのね。アリスが10位、エミリーが9位、セレストが6位よ」
「……えええええ!?」
驚き、三人の方にパッと振り向いた。
エミリーとセレストは恥ずかしそうに、アリスは得意げな顔でVサインをしてきた。
「本当なのか?」
「もち」
「すごいな……」
「すごいのはエミリーよ。家事をおろそかにせず――ううん、世界中の誰よりも家事をこなしてるのに9位なんだもの。それから解放されたらどうなることか」
「そ、そんなことないです」
「へええ、すっごいなあ。みんなトップ10入りか」
「ええ、だから私達にも誘いは来てたわよ。リョータさんほどではないのだけどね」
「おお」
うれしかった。
仲間達の活躍は、自分の事以上にうれしかった。
「来年はもっとすごいことになるでしょうけどね」
「どういう事なんだイーナ」
「ここ一週間、具体的にはご飯が変わってから、みんなの稼ぎが三割増しになってるのよ」
「ご飯……ああっ?」
ポン、と手を叩く。
エリの水だ。
エミリーが作るご飯がエリの水に変わってからおよそ一週間、その事か。
「本当に三割も増えたのか?」
「ええ、こんな感じよ」
イーナはテーブルの上に置いてた紙を取って俺に渡した。
エミリー達の稼ぎをグラフにしたものだ。
それを見ると、確かにここ一週間ガツンと上がっている。
「ほんとうだ。これなら来年あがるな」
「私の予想では、3人で二枠を争う形になるはずよ」
「三人で二枠?」
「2位と3位、1位は変わらないだろうからね」
そう言って俺にウインクを送るイーナ。
「来年かぁ」
「……?」
俺の服をぎゅっと掴んで、小首を傾げて見あげてくるエリ。
「エミリーの美味しいご飯を食べて、また一年がんばろうって話だよ」
「……(こくこく)」
エミリーのご飯と聞いて、エリは目を輝かせた。
来年の今頃は、もっといい笑顔になってたらいいな、と。
俺は密かに願ったのだった。