376.大人の秘密基地
夜のサロン、仲間達が集まる時間帯。
俺はソファーに座って、エルザとイーナ、二人と話していた。
「すっごく久しぶりな気がする、リョータさんにあの子がくっついてないの」
「ここ最近は寝てる時もずっとくっついてましたですもんね」
「アリスの能力をコピーしたのが大きかった。俺の存在を感じられるようになった途端、ちょっとなら離れてても大丈夫になったみたいだ」
そう話した直後、サロンの外からエミリーとエリがやってきた。
エミリーは配膳用のワゴンを押してて、その上にケーキとお茶が乗っている。
軽々と押すエミリーのそばで、まるで手伝いをするかのように、エリが小さな体で一生懸命ワゴンを押している。
「食後のデザートなのです」
「待ってました!」
「今日は何ケーキ?」
エミリーのワゴンに、アリスとアウルムのコンビが真っ先に飛びついた。
小学校の頃、給食の配膳に必ず真っ先にとびつく男子がクラスにはいて、アリアリコンビがそんな男の子に見えた。
一方で、エリがワゴンから白い皿に載ったケーキを持って、トコトコと俺に向かってきた。
「……(にこっ)」
「俺の分か?」
「……(こくこく)」
喋らないが、その分、ボディランゲージは大きめだ。
エリは皿を差し出して、受け取って欲しそうにした。
それを受け取ると、エリはすごく嬉しそうに微笑んだ。
トコトコと再びワゴンに戻って自分の物らしき小さめの皿とケーキを取った。
今度は、テレポートで戻ってきた。
自分の分を持って、一瞬で俺の膝の上にもどってきた。
「わお、すっごい力。精霊ってやっぱりすごいね」
「でも可愛いです。いつもそうですけど、こうして見ると本当に仲の良い親子です」
イーナとエルザが各々に感想を述べた。
「本当に懐いてるわね。こうして見ると、とても精霊とは思えないわ」
ソファーの後ろに、ティーカップとソーサを持ったセレストがやってきた。
「見えないよな。多分だけど、この姿の方が精霊に見えなくて襲われない、っていう偽装だと思う。アリスみたいなダンジョン生まれがエリスロニウムにもいただろうから、この姿の方が……ってわかってるんだろう」
「ここから既に始まってるのね」
「逆に、そこまでさせる、前のエリスロニウムを殺した連中が憎いけどな」
考えただけで腹の底がふつふつ煮えたぎってきそうだ。
見た目、ダンジョン、そして一連のエリの能力コピー。
それらは全て、「自分を守る」という大前提のもとで一貫している。
そこまでしなきゃいけない程のこと、おそらくトラウマ級の何かが起きた。
具体的に何をされたのはまったく知らないが、エリの行動からその酷さだけは想像できて、それではらわたが煮えくり返りそうだ。
「まあ……」
「これじゃ逆だね」
セレストとイーナの、ちょっと楽しげな声が聞こえた。
どういう事なのかと返そうとすると――目の前にケーキがあった。
エリが、フォークに突き刺したケーキの一切れを俺の口の前に差し出してきた。
「エリ?」
「……(こくこく)」
相変わらず喋らないが、俺の顔の異変に気づいて、慰めよう、としているのが分かった。
胸がじんわりきた。いい子だ。
俺はケーキをパクッと頬張って、エリの頭を撫でる。
「ありがとう、おいしいよ」
「……(ニコッ)」
エリは再び俺の腹に背中をくっつける姿勢に戻った。
その姿は安心しきってる。
そこにアリスのモンスターたちがやってきた。
ホネホネ。
プルプル。
ボンボン。
トゲトゲ。
ガウガウ。
メラメラ。
小さなぬいぐるみサイズのモンスターたちが、エリの周りに集まって来た。
エリはそれには怯えなかった。
おそらく、彼女にひどいことをしたのは人間だろう。あるいはモンスターは同族とみているのだろうか?
モンスターたちがエリの膝に乗っかってくるのを、エリ本人は止めずに、むしろ楽しげに突っついた。
「よかったわね、リョータさん」
「ああ、これくらい日常を過ごしてくれるとほっとする」
「これからはどうするの?」
「しばらくは一緒にダンジョンに通うつもりだ。ミーケから能力をコピーしたし、俺の傍じゃないとまだ安心できないだろうからな」
俺がエリを見て、周りのセレスト、エルザ、イーナがほぼ同時に頷いた。
今もそうだ。
仲間モンスターと楽しそうに遊んではいるが、よくよく見たら俺からまったく離れようとしない。
エリが俺にするように、ホネホネがエリの指を掴んで「あっちであそぼ」みたいな仕草をするが、エリはプルプル首を振って応じようとしない。
まだしばらくは、一緒にいなきゃダメなようだ。
「そういえば」
ふと、セレストが思い出したようにいった。
「でもよかったわ」
「よかった?」
「親離れするのはいいけど、今されたら部屋がないもの」
「……おお」
言われて思い出す。
この屋敷の間取りは、10LLSDKという、まるで呪文を唱えるかのような間取りだ。
入居したときは五人だったからゆとりがあった屋敷も。
「俺、エミリー、セレスト、イヴ、アリス。それが入居したときのメンバーだな」
「それにあたしとエルザ、そして人型精霊のアウルムとニホニウム、あとサクヤ」
イーナが引き継いで、数えるように言う。
今、部屋を使ってる者の数がちょうど十。
「いつの間に部屋が一杯になったんだ?」
「大分前よ」
セレストが苦笑いで答えた。
全然気づかなかった。
「タイミング的には……サクヤが居候になった時か」
「そういうことね」
「そっか……」
「まあ、前の部屋も借りたままだし、いざって時はそっち使うけど」
「増築でもするか」
「……(ぐい)」
つぶやいた直後、モンスターたちと遊んでたエリが俺の袖を引っ張ってきた。
「ん? どうしたんだ、エリ」
エリは俺の膝から飛び降りた。
そして、指を使って、引っ張って歩き出そうとする。
「どうした、エリ」
「……(こくこく)」
「ついてこい、ってのか?」
雑談していた仲間達と不思議そうな顔をお互いにした。
よく分からないが、とりあえず付いて行くことにした。
エリと二人と廊下に出て、玄関から外にでる。
夜の外も明るかった。
エミリーハウス。
いつも温かくて、明るい家。
その支配領域は庭にも及んでいた。
そこかしこにつけられた照明がきつくない程度に明るく、心も体も温かくさせられる。
そんな庭をエリと一緒に歩く。
エリにつれられてた来たのは、ダンジョンの入り口だった。
屋敷の庭に出現したダンジョン、エリのダンジョン、エリスロニウム。
「ダンジョンがどうかしたのか?」
「……(こくこく)」
エリは何も言わず、俺をダンジョンに連れて行こうとする。
よく分からないまま、エリと一緒にダンジョンの中に入ると――。
「ええっ!?」
びっくりした。
どれくらいびっくりしたかと言えば、ここ一年で一番びっくりした。
入ったのはエリスロニウム、だから俺はあのピクニックが出来そうな、のどかなエリスロニウム地下一階を想像してた。
だが、違った。
まったく違った。
俺が立っているのは、玄関。
屋敷の玄関だった。
屋敷そのものではないのは、そこが玄関だけで、その先に続く廊下も部屋のドアもまったく無いからだ。
だが、それもそこまで。
エリが俺から離れ、トタトタと歩いて行くと、空間が伸びて、玄関から先の廊下ができた。
廊下を作ったあと、エリが俺の所に戻ってくる。
指を掴んで、見上げてくる。
「……もしかして、ここを家にしてもいい、ってこと?」
「……(こくこく)」
エリはニコニコして俺を見た。
驚いたが、よく考えたら驚くに値しないのかもしれない。
エリがいろんな能力をコピーしてきた、それに比べれば。
自分のダンジョンをリフォームする位当たり前の事かも。
ダンジョンの中という、秘密基地感がある屋敷の玄関口で。
「なんかいいな」
わくわくが、急激に膨らんでいった。




