373.自分を守るため
ちょっとだけ困っている。
朝、転送部屋の前。
俺はエリにしがみつかれている。
仲間達が次々と転送部屋を使ってダンジョンに出勤する傍らで、同じように転送部屋を使おうとする俺に、エリがしがみついてきたのだ。
「エリ」
「……(ぷるぷる)」
足にしがみついて、見あげてくるエリは涙目だ。
仕事に行かないでお父さん。
そんな幻聴が聞こえてきそうだ。
俺はしゃがんで、エリに視線の高さを合わせる。
「ちょっと行ってくるだけだから。エリ知ってるかな、プルンブム。彼女との約束で、毎日会いに行かなきゃダメなんだ」
「……」
エリは俺をしばし見つめたあと、ぶわっ、と涙が溢れ、より強くしがみついてきた。
困ったな。必要とされるのは嬉しいけど、これでは困る。
振り切ってプルンブムに会いに行くのも後ろ髪を引かれるし、かといって会いに行かないってのも出来ない。
プルンブムと約束してるしな。
昨日のように、寝てる間にサクッと行ってくるか。
「エリ、部屋でお昼寝しようか」
「……(ぷるぷる)」
ものすごい勢いでいやいやされた。
何も言わないでだったらいけたかもしれないが、この状況、寝かせてその間に――ってのを見抜かれているようだ。
同期の子供が同じことをしたのをみたことある、良くも悪くも、エリは子供に戻ってるってことか。
子供なら――。
「ヨーダさん、どうしたですか?」
巨大なハンマーを担いでやってきたエミリー。
彼女もこれからダンジョンのようだ。
「エミリー、ちょっとだけエリを頼まれてくれないか。プルンブムにあって、サッと事情を話してくる」
「なるほどなのです」
エミリーはハンマーを壁に立てかけて、俺たちに近づいてきて、エリのそばでしゃがんだ。
「エリちゃん、私とちょっとの間一緒に遊ぶです」
エミリースマイル。
母性全開で、一緒にいるだけで癒やされるエミリーの微笑み。
これならば――と思ったのだが。
「……(ぷるぷる)」
やっぱり首を振って、より俺にしがみつくエリ。
「エミリーでもダメか」
「はいです、でもしょうがないです」
「しょうがない?」
「エリちゃんにとって、ヨーダさんのそばが世界で一番安心出来るところ、安全だと思える所なのです。他の誰も代わりにならないのです」
「なるほど」
ダンジョンそのものを、自分を守る事に特化させたエリ。
そこであらゆる敵意を捨て去り、危険を顧みずに精霊の部屋に辿り着いた俺。
その俺に、信用して自分の身柄を預けた。
なるほど、そういう事なんだな……。
「ヨーダさん、私ニホニウムさんの所にいくです」
「ニホニウム?」
「ちょっとだけミーケを借りてくるです。ミーケの力を借りて、ヨーダさんがエリちゃんを連れてプルンブムさんの所に行くです」
「なるほど、そうするしかないか」
エリを見る。
ミーケの力を借りて一緒に行く、という提案には拒絶を示していない。
俺と一緒ならそれでいい、と思っているみたいだ。
エリと一緒にプルンブムの所――ダンジョンに行く。
転送部屋のそばに置いてある自分の魔法カートも相まって、まるで子連れ狼のような気分になった。
「じゃあ頼む」
「はいです」
エミリーは開けっぱなしの転送部屋を使って、ニホニウムの所に行った。
門を開くのは難しいから、開けっぱなしにしている転送部屋。
エミリーが入った後、エリと一緒に待った。
すぐにエミリーがミーケを連れて戻ってきた。
「お待たせなのです」
「エミリーさんから話を聞きました、がんばります!」
エミリーが連れて帰ってきた、ユニークモンスター・ミニ賢者のミーケがかなり意気込んでいた。
「悪いな、余計な事を頼んで」
「いいえ! 力になれるなんてすごく嬉しいです!」
ますます意気込むミーケ。
「よし、それじゃいこうか。エリ、ミーケと手をつないで」
「……」
エリが困った様子で俺とミーケを交互に見比べた。
思ってる事は想像つくから、安心させる為に手をつないで、ちょっとだけ強めに力を込める。
「俺はずっと繋いでるから」
「……(こくこく)」
安心させるためにとった行動がちゃんと効果があった。
エリは俺と手をつないだまま、もう片方の手をミーケとつないだ。
「ありがとうエミリー、行ってくる」
「行ってらっしゃいなのです」
微笑むエミリーに送り出されて、俺はエリとミーケとともに転送部屋を使った。
プルンブムの部屋に行き先を設定して、ゲートをくぐると、いつものように光に包まれて、一瞬で目的地に飛んだ。
「待っておったぞ。うむ、今日は大所帯なのじゃな」
プルンブムはこっちを見て、小首を傾げた。
驚きはしたが拒絶はない事にすこしほっとした。
「ありがとうミーケ」
「いえ! どういたしまして!」
「エリとプルンブムは初対面か――ってどうしたんだ?」
精霊同士を引き合わせようとしたが、エリがものすごく驚いている事に気づいた。
彼女はこの空間と、ミーケを交互に見比べる。
「ああ、普通にダンジョンの境目を越えたことにびっくりしてるんだな」
「……(こくこく)」
「これ、ミーケの能力なんだ。彼とふれあっている間は境目を越えることが出来る」
「……」
エリは更に驚いたあと、真顔になって、ミーケをじっと見つめた。
やがてそっと手を差し出し、エリの方からミーケに触れた。
どうしたんだろうって思っていると、目に見える程の変化が起きた。
ミーケの体が光り出した、その光が触れる手をつたってエリに渡った。
渡ったが、ミーケの体は光ったまま。
コピー。
状況的に、その単語が頭にうかびあがった。
「何をしたんだエリ」
聞くが、エリは答えず、俺にしがみつく。
しがみついたまま、やってきたゲート、光の渦を指さした。
「……もしかして。ごめんプルンブム、一旦戻る」
「構わぬよ、なにやら見慣れた光景じゃ」
笑うプルンブムに送り出されるようにして、俺はエリと一緒に渦に向かう。
そして、むしろためらわずに渦の中に飛び込んでいくエリに連れられるような形で、ゲートに踏み入れた。
光に包まれた、次の瞬間。
「お帰りなさいなのです――あれ? ミーケちゃんいないのです?」
屋敷に戻ってきた、エミリーの驚く顔が見えた。
俺も驚いた、エリを見つめた。
エリはますます俺にしがみついてる。
直後、ミーケが単独で戻ってきた。
「……自分の安全の為に、コピーした?」
いくつかの可能性が頭を駆け巡って、俺は、一番正しいように感じられる結論を口にしてみた。