371.クズダンジョンにする
夜、屋敷の応接間。
訪ねてきたセルと二人で向き合っていた。
俺の屋敷、つまりはシクロの街中に生まれた新しいダンジョンの調査が終わったから、報告したいといって、来てもらったのだ。
レベル1の俺しか入れなかった、と言うことを聞いたセルは真顔で頷いた。
「なるほど、入場レベル制限ダンジョンというわけか」
「ああ、お前の方がそういうのに詳しいって聞いた。だから逆にこっちからも質問したい」
「うむ?」
「エリスロニウムはレベル1しか入れなかった。レベル上限か下限での制限は普通にあるのだろうが、特定レベルのみ入れる、ってのはあるのか?」
「いいや、そういうものは聞いたことはない」
「レベル10以下と、レベル90以上。レベル制限ダンジョンはこのあたりが有名だ」
「なるほどな」
俺も頷いた。
それは俺の知識も同じ予想をしてたから、すんなりと納得した。
「つまりあそこはレベル1以下、実質レベル1限定のダンジョンという訳だ」
「侵入者が限られるな」
「それでもいないわけじゃないんだろ?」
お金をドロップしているダンジョンの事をしっていて、その上今のセルの口ぶりを聞いているとなんとなく想像がつく。
レベル1でも戦える人間が他にもいると。
「一番有名なのは――無論サトウ様以外での話だが――アレックス・ミューラー。産まれながらの高いMPを活かして、魔法の実を定期的に食べてるレベル1の大魔道士」
「定期的に?」
「定期的に」
おうむ返しして、頷くセル。
なるほど。
魔法の実は二つ目以降、食べるごとに最大レベルが1下がるが、1より下には下がらなくて、能力もレベル1のまま下がらない。
例えば――そうだな、周回も考えたら魔法使いのMPの実用レベルは大体Cだ。
レベル1でMPがCだったら、割り切って魔法の実をドカ食いした方が、技のデパートという意味で強さを伸ばせる。
似たような事をアリスの時も考えた。
彼女は最大レベルが2であるため、魔法の実の二つ目以降のペナルティは実質ないのと同じ。
ただしMPがEで、「ダンジョン育ち」を活かして最強とも言えるオールマイトを魔法の実からとったから、二つ目以降は食べてない。
アリスの上位互換――いや分岐進化みたいなものだな。
「すごい人がいるもんだな――で、ダンジョンの構造の見た目は3種類」
見た目の事を話す。
「モンスターから攻撃を受けたら全能力が一段階低下する。まあ、ダンジョンの中のみだから致命傷にはならないが」
「時間制限はないのか?」
「俺も当たり前の様に24時間過ぎたら戻るんじゃないかって推測はしてた」
「サトウ様のその口ぶりではだめだったようだな」
「ああ、今朝はいってみたが、能力は低下したままだった」
「なるほど」
またまた真顔で頷くセル。
頭の中でダンジョンの価値を計算してるんだろう。
俺は更に追い打ちを掛けた。
「でドロップ品はブービートラップだった。全階層」
「というと?」
「拾ったら、攻撃を受けたのと同じ能力低下を喰らう」
「それは厳しい」
「以上だ。正直ニホニウム以上にまずいと言うほか無いな」
「元のエリスロニウムはそうではなかったのだがな」
「元はなんだったんだ?」
「クロムの事は知っているかサトウ様」
「すっごい昔にエミリーから聞いたことがある」
この世界の空気も水もダンジョンから生産されていると説明を受けたときだ。
「水が美味しいダンジョンだってな」
「エリスロニウムもそうだった。が、全般的にクロムより低品質とされている」
「なるほど」
美味しい水で知られてるクロム。
そのクロムの下位互換。
なんとなく、捨て値で売られてるノーブランドのミネラルウォーター。そんなイメージ図が頭の中に浮かび上がってきた。
「レベル制限もなく、モンスターもそこまでいじわるではなかった」
「いやなことがあったんだろう」
大まかなことを一通り話して、その後は細かいところを補足していった。
「聞けば聞くほど価値のなさが浮き彫りにされる。本当にこのようなダンジョンが存在するのかが不思議になるくらいの」
「俺としてはありがたい。屋敷の庭に現われたんだ。これなら冒険者が来なくて済む」
「なるほど」
セルは少し考えて、真顔で俺を見つめ、聞いてきた。
「品種改良の可能性は」
「……俺はやりたくない」
少し考えて、そう答えた。
それらしい理由をつける。
「あれだけ意地悪なダンジョンだ。ダンジョンマスターには時間を掛けたくない」
「……道理だな。では無理だな」
セルはフッと笑った。
「レベル1の実力者など片手に収まる程度。サトウ様以外は中堅もいいところだ。サトウ様がやらないというのならだれもやれんな」
セルはそれで納得してくれた。
☆
窓越しに、帰って行くセルの後ろ姿を見る。
出す情報を厳選して、思考を誘導した結果。
セルが持ち帰って、ダンジョン協会長として公開する情報では、おそらくだれもエリスロニウムに入ろうとは思わないだろう。
これでよし。
俺はセルが帰った後、応接間に入ってきて、俺の足元にしがみついてきたエリの姿を見下ろした。
これで、「本体」である彼女も、ダンジョンも、両方守ることができたはずだ。