370.エリちゃん
俺はしゃがんで、女の子と視線の高さを合わせた。
俺の足にしがみついたままだから若干無理のある体勢になったが、それでも怯えさせないように、つとめて優しく話しかけた。
「大丈夫、俺がいるから」
「……」
しゃがんでてもなお、俺より頭半分くらい低い女の子。
瞳は不安げに揺れ、俺を見あげてくる。
頭を撫でてやった。
無言で、とにかくなで続けた。
こういうのは言葉じゃない。
安心感が得られるまで、なで続けてあげた。
子供あやすのは得意じゃないが、我慢強さには自信がある。
向こうが落ち着くまで待った。
「……」
約三分。女の子が落ち着くまで掛かった時間だ。
女の子は足にしがみつくのをやめて、俺が頭を撫でてる手の、親指と小指。
「パー」に開いた端っこの二本の指を両手でそれぞれ掴んだ。
子供らしい突拍子のない行動だ、だが可愛かった。
「あっ、ヨーダさんなのです」
「本当だ。今までどこ行ってたの?」
「……見えるのか?」
「ハイです、見えるですよ?」
「何その今まで消えてました、みたいな言い方」
頷くエミリーに、疑わしげに見てくるアリス。
俺は考えた。
再び見るようになったのは、しがみつくのをやめたのとほぼ同時。
指を掴むのに変わった後だ。
さっきのあれ。
見えないし存在を認識出来ないのはしがみついてる時限定か? それともこの子が怯えてる時限定か?
それを確認したかったが、図らずも真実はすぐに分かった。
「まずはご飯にするです。一日の元気は朝ご飯なのです」
「だねー」
「そうだな」
エミリーの言うとおり、何をするにしても朝ご飯をたべてから――そう思い立ち上がると、女の子がまたしがみついてきた。
さっきとちょっと違う、怯えではない。
いかないで、と。たまった涙で揺れる瞳が強く主張していた。
「あれ? またいなくなったよリョータ」
「あの子もいないです」
エミリーとアリス、二人ともまた俺たちの事を見失った。
きょろきょろ周りをみてこっちを探す。
そしてさっきと違って、二度目ですこし余裕が出てきたから気づいたことがある。
アリスの肩に乗っかっている仲間達。
ホネホネ、プルプル、ボンボン、トゲトゲ、ガウガウ――そして、メラメラ。
アリスの仲間モンスター達も彼女同様に周りをきょろきょろ見て探している。
モンスターも、そして同じ精霊であるメラメラ=フォスフォラスにも。
俺たちの姿は見えていないようだ。
女の子の頭を撫でてあやしつつ、メラメラにデコピンをした。
人魂っぽい見た目のメラメラはデコピンで少し飛ばされたが、不思議そうな顔をしただけ。
「どうしたのメラメラ?」
「ヨーダさん……近くにいるです」
「え? あっそっか、透明になってるんだ」
エミリーの言葉でアリスもはっとした。
厳密には――透明じゃない。
何せ触っても気づかれないしな。
ふと気になって窓を見た。
うっすらと、窓には俺の姿が映し出されていた。
見た目はまったくかわっていない俺と、周りをきょろきょろしているエミリーとアリス達。
これは……存在そのものを認識されない系だ。
それを認識した直後、女の子がまた安心したのか、しがみつきから俺の指を掴んできた。
窓の反射で見えてる光景は変わらなかったが、エミリーとアリス達は一斉に俺の姿を捉え、見つめてきた。
つまりは俺にしがみついてる時は他人に存在を認識出来なくなって、そうじゃないときは普通に見えるってことか。
「ねえねえ、どういう事どういう事? 透明? 透明人間なの?」
アリスがものすごく興味津々に迫ってきた。
「って事はリョータこれからお風呂のぞき放題?」
「なんでそんな発想になるんだよ」
アリスの発想に苦笑いした。
「それが男のロマンだってりょーちんが前に言ってたよ」
「……ヨーダさん」
エミリーの瞳に若干闇が宿った。
りょーちん、オールマイトという魔法で呼び出す俺のコピー。
まるで俺がそんな事をいったような空気になった。
まあ、透明人間→お風呂をのぞくっていうのはまったく分からないでも無いけど。
…………まったく分からないでもないけど。
「そんな事しないさ」
「本当?」
「ああ本当だ」
そういい、女の子の頭を撫でる。
これが特殊弾の効果だったら万に一くらいの可能性そういう事に使うこともあるだろうが、これはない。
俺にしがみついて他者から認識されない能力を発動。
完全に、この子の――エリスロニウムダンジョンの系譜に連なる能力だ。
ならばそれは、この子を守る為に使うべきもの。
「えっ? そうなのメラメラ」
アリスが肩に乗ってるメラメラから何か聞いて、驚く。
内容は、察しがつく。
「リョータ、その子ってエリスロニウムなの?」
「やっぱりなのです?」
俺は無言でたまごの殻を差し出した。
昨日みんなが見ていた、エリスロニウムから持ち帰ったたまごの殻だ。
メラメラがそういうことは、やっぱりこの子はエリスロニウムだって事だ。
が、ここは。
「彼女がエリスロニウムだってことは、仲間内だけの秘密にしよう」
「あー、そだね」
「賛成なのです」
俺はしゃがんで、女の子に再び目線の高さを合わせた。
「仮の名前をつけよう。エリ、でどうかな?」
女の子はしばしきょとんとしてから、俺の首にしがみつくように抱きついてきた。