368.親鳥
俺はたまごを大事に持って、精霊の部屋を出た。
不思議なことに、来たときは自由落下だったのが、いつの間にか現われた出口から出ると、一瞬光に包まれたあと、地下十二階に無数にある島々の一つに立っていた。
まあ、あっちこっちのダンジョンで色々経験してきたんだ。
今更この程度の不思議な事なんてどうと言うことは無い。
ちなみに、たまごを持ってるのに階段を躊躇なく上がったのは、たまごを手にした直後に階段が現われたからだ。
精霊はモンスター同様、階層をまたげない。
無理にそうすると消滅する。
このたまごにそういう可能性があるとは考えたが、向こうから階段を出したんだから大丈夫だろうとまたいだ。
もちろん、またぐ瞬間ある程度慎重にはなったが。
その慎重な足取りのまま、更に上の階に戻る階段に向かっていった。
「むっ……あぁ……」
その間、自爆する綿毛が集まってきた。
一瞬身構えて身を挺してたまごを守ろうとしたが、すぐにそれが無用な事だと気づいた。
綿毛が俺の周りをふわふわ浮かんでいるだけ。
俺が進めば進み、下がれば共に下がる。
それははっきりと、たまごを守っている、という意志を感じた。
「そりゃそうだ」
自分のアホさ加減にぷっと吹き出した。
俺はともかく、たまごをこの綿毛達から守る必要なんてどこにもない。
敵意をもった侵入者を拒んでるんだ、むしろたまごを守る側だ。
俺はたまごを慎重に、しかし不必要に厳重にする事なく守って、綿毛の花道の中ダンジョンを出た。
「ヨーダさん!」
ダンジョンから出ると、仲間達はまだまっていた。
外は既に日が完全に落ちていて、みんなはあっちこっちでたき火してて、いくつかのグループにわかれて、雑談めいた事をしていた。
俺を見て、全員がめいめいの速度で向かってくる中、エミリーが一番早く、俺の名前を呼びつつ駆け寄ってきた。
「大丈夫だったですか?」
「まったく問題ない」
「よかったです……あっ、それが精霊さんからもらった物なのです?」
「むずかしい所だな。アウルム、ニホニウム、それにメラメラ」
ほとんど仲間全員集合している中、俺は精霊の三人に呼びかけた。
「これをどう思う」
そう言って、たまごを両手に乗せた状態で、三人に聞く。
本当の事を知るために、先入観に繋がる様な情報を一切口にしない。
アウルムとニホニウムは自分の足で、メラメラはアリスから飛び立って、ゆらゆらと向かって来た。
三人がたまごの前に立って、数秒間見つめて。
「「精霊」」
アウルムとニホニウムは口を揃えてそう言い、メラメラは体が一瞬膨らんで明滅した。
すこし離れた所にいるアリスが頷いてることから、メラメラも他の二人と同じことを言ってるってことだろう。
「なるほど、精霊そのものか」
「うーん、ちょっと違うかも」
結論を下した直後、アウルムが待ったを掛けてきた。
「あたしらと本質は同じなんだけど、なーんか違うんだよね。ねっ、そう思うでしょ」
「同感です。精霊だとは思います、ですが、見たこともないような何かを感じます」
ニホニウムも似たような言葉を口にした。
「ふむふむ。メラメラが、それをもってダンジョンから出てきたのはどういう事? って聞いてるよ」
アリスが仲間のメラメラの通訳をすると、その場にいる全員――特にアウルムとニホニウムがはっとした。
「そうだよ、精霊なのになんでダンジョンから普通に出てこれたの?」
「リョータさん、ミーケと同じ能力を?」
「いやそんな事はないはずだ」
そう思い、確認しようと思い、一旦エリスロニウムの中に入った。
たまごを守るためにわらわら集まってくる綿毛達。
その一体にそっと触れて――触れても爆発しないそれを連れてダンジョンから出た。
すると、綿毛は消えた。
モンスターがダンジョンからでた時の普通な感じで消えた。
「やっぱり違う」
綿毛が消えるのをみんなが見ていたので、みんなが俺の行動と、実験結果に納得した。
実験に納得すると言うことは、たまごの存在にますます疑問が深まると言うことだ。
その場にいる全員が、たまごに注目する。
「これ、どういう事で渡されたの?」
「『まもって』、それだけ」
「それだけ?」
「それだけ」
おうむ返しして、うなずく。
すると――仲間達がどっとわいた。
「なんだ、こういうことか」
「理屈はわからないけど、いつものことですね」
「ヨーダさんに助けを求めてたです」
「そもそもここに来てるしね!」
原因は未だに不明、だが全員が納得していた。
それでいいのかと思ったのだが。
「……ま、いっか」
持っているたまご、あずかったたまご。
それを見ると、自然と口をついてでた「まいっか」という気持ちになった。
重要なのは、このたまごは三人が同じ精霊だと断言したものであり、本人が「まもって」と預けてきたものだ。
たまごが何故ダンジョンをまたげるのは今重要ではない。
重要なのはどうやって守るかって事だ。
「はい、ヨーダさん」
俺の決意を読み取ったのか、エミリーが両手で拳銃を差し出してきた。
俺の相棒、特殊弾を自在に操る二丁拳銃。
エミリーは、微笑みながらそれを差し出してきた。
「頑張って下さいなのです」
「ああ」
俺はたまごを大事に持ったまま、拳銃そして他のアイテムを受け取った。
たまごは大事に懐に入れる。
まるで、親鳥になったような気分で、ちょっとくすっときた。
絶対に守る、何処へ行っても肌身離さず持っているぞ。
☆
翌朝。
布団の中に割れた殻がつぶれていて。
ものすごい幼い女の子が、俺にしがみついていた。