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362.強い気持ち

 ゲートを使って転送部屋に飛んで、そのまま屋敷を飛び出した。


「ヨーダさん!?」


 背後からエミリーの驚く声が聞こえたが、それどころではない。

 俺は全速力で街中を駆けて抜けて、シクロのダンジョン協会に飛び込んだ。


 入り口にいる受付嬢や協会の職員を無視して、一気に奥に駆け込む。


「セル!」

「これはこれはサトウ様――どうかしたのか?」

「大至急調べて欲しい事がある」


 俺の様子から何かを察したのか、セルは静かに、しかし重々しくうなずいた。


「エリスロニウムのことだ」

「偽クロムのことか?」

「偽クロム?」

「クロムの近くにいるが、ドロップ品の質、量、そしてダンジョンの難易度全てがクロムに劣っている事から、偽クロムと呼ばれているダンジョンだ」


 セルの話を聞いて、眉間がきゅっと寄ったのが自分でも分かった。

 気にくわない話だが。


「とにかく調べてくれ」

「わかった」


 何を、とは言わなかったし、セルも聞かなかった。


 精霊が殺された、という大事件だ、先入観無しで調べてもらった方がいいと思った。

 セルはセルで、俺の剣幕から「行ってみればわかる」位のことは感じただろう。


     ☆


 翌日、屋敷のサロン。

 やってきたセルは、深刻そうな顔をしていた。

 その表情で察しがついた俺は、サロンで二人っきりになって、話を聞く。


「やっぱりそうなのか」


 セルは頷いた。


「サトウ様がキャッチした情報の通り、エリスロニウムは消滅していた」

「消滅、か」

「いきなりの消滅、現地でも何が起きたのか分かっていない。サトウ様は掴んでいるのか」

「精霊から直接聞かされた。エリスロニウムは殺されたらしい」

「殺された……」


 いよいよ深刻な表情になっていくセル。


「犯人とかは分からないのか」

「ああ。そもそも何故エリスロニウムが消えたのか、というのが現地でも情報が錯綜している。分かっているのは精霊の死、ダンジョンの消失。それだけだ」

「なるほど」


 俺は少し考えて、きいた。


「精霊が死ねばどうなるんだ。アルセニックの時は止めたから、実際の所よく知らないんだ」

「古文書の知識、しかも寿命の場合のみになるが」


 完全に一致する訳ではない、と言外に前置きしてから、セルは言った。


「一部の例外をのぞいた通常のダンジョンなら」


 一部の例外――フォスフォラスとかサルファだな。


「精霊が死ねばダンジョンは消滅。しばらくするとどこかに出現する」

「なるほど。その場合記憶、いや人格はどうなる」

「分からない。同じ人間が精霊の死の前後に両方会えたという記録は存在しない」

「まっ、それもそうか」


 そもそも精霊に会えるのは数百万分の一くらいの確率だ。

 その確率を二回も、しかも精霊の死という大イベントをはさんで二回もくぐり抜けるなんて。


 普通なら上空数千メートルから糸を垂らして二本の針の穴を通す位大変な事だ。


「余に聞くよりも、サトウ様はもっと詳しい相手に聞くべきではないのか?」

「もっと詳しい?」

「最近生まれ変わったばかりのダンジョンと言えば――」

「――アウルムか!?」


 セルは静かに、そしてはっきりと頷いた。


     ☆


 アウルムダンジョン、精霊の部屋。


 昼間の就業時間中だから、俺はここまで出向いてアウルムに話を聞きに来た。

 夜になればアウルムは屋敷に戻ってくるが、それは待てなかった。


「うんとね、その辺すごく複雑なんだ」


 アウルムが困り顔で答えた。


「複雑?」

「そっ。記憶があるかないかって言えば、あるんだ。でも自分の記憶じゃないって言うかさ」

「記憶はあるのに、自分の物じゃない」


 アウルムの説明を復唱しつつ、その感覚を想像してみる。


「あっ、ちょっと前に外の世界の本を読んだ時さ、記憶喪失の男の話があったのね。その男の台詞でさ『間違いなく俺がやってそうな事だけど記憶が無い』って感じの。自分ならそうするし、覚えてもいるけど。やったのはもう一人の自分って言うか――ああもう!」


 途中までいって、アウルムはイライラした様子で頭をかきむしった。


「うまく言えない! イライラする」

「いや、ある程度の感覚は伝わった。本質も分かった」

「本質?」

「記憶を持ったまま転生してるみたいなものだろう」

「ふむふむ、そうかもしんない」


 俺がまとめた感覚に納得するアウルム。


「確認するけど、人格と記憶はそのままなんだな?」

「だよー。前のあたしもこんな感じだし」

「そうか。じゃあもう一つ。これが一番大事なんだが」

「なに?」

「生まれ変わる先はどこなのか、それは分かるのか?」

「うーん」


 腕を組んで、首をひねるアウルム。


「あっ」


 やがて何かを思い出したかのように、ポン、と手を叩く。


「あたしは呼ばれた」

「呼ばれた?」

「うん、ここに来てくれー、お前が必要なんだー。みたいな人間の声――じゃないね、感情に呼ばれた。あたしを必要とする感情だね」

「……なるほど。新しく作ったが、ダンジョンがない村に呼ばれたんだな」

「なるほど」


 俺のなるほどに対して、アウルムもなるほどとまた手を叩いた。


「そういう村のほうがあたし達を求める感情が強いもんね」

「ああ」

「あっでも」

「うん?」

「別にそういうのに行かなくても良かったけどね。あたしは求められたからいってみよっか、ってなったけど。別にそれ無視しても良かったし、『求めてくんじゃねえよいらっとするな!』って感じで人のいない所にでてもよかったし」

「……つまりは精霊のきまぐれってことか」

「そゆこと」


 俺が更にまとめた結論に、アウルムは屈託なく笑った。


 セルに、そしてアウルムにこれを聞いたのは、エリスロニウムを助けられないかと思ったからだ。


 殺されたエリスロニウム、出来ることなら助けてやりたい。

 それは最初からそう思っていたし、セルの最初の説明を聞いてますます強くそう思った。


 偽クロム。


 エリスロニウムは、そういう蔑称で冷遇されていた。

 そういう相手を見ると、どうしても何かしてやりたい、と、強く思ってしまう。


 ――本当?


「え?」

「どうしたの?」

「いや……なんか声が」

「声? あたしおならとかしてないよ」

「いやそういうのじゃ……」


 空耳かな。


 目を閉じて、首をかしげて。

 耳を澄ませてみたが、声は聞こえなかった。

 ただの空耳だったみたいだ。


「ふう……ありがとうアウルム」

「どういたしましてー」


 アウルムにお礼を言って、ゲートを使って屋敷に戻った。


 ――本当に、助けてくれる?


 転送した瞬間、また声が聞こえた。

 今度はよりはっきりと、そして言葉もさっきより具体的だ。


「誰だ?」

「私なのです」


 返事したのはエミリーだった。

 彼女は驚いた顔で転送部屋の外、廊下からこっちを見ていた。


「エミリー。今のはエミリーなのか?」

「???」


 違うみたいだ。

 となると今のは……。


「あっ、それどころじゃないです。大変なのですヨーダさん」

「大変? どうした。まさかアルセニックに何かあったのか?」


 エミリー・アルセニック。

 精霊付きの一人、今の状況ならアルセニックにも魔の手が――と思ったが。


「違うです」

「そうなのか」


 と、ほっとしたのもつかの間。


「庭にダンジョンが出来たです」

「なに!?」


 驚く俺、直後に。


「本当なら……たすけて」


 と、今度ははっきりとした声で聞こえてきたのだった。

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