359.プライドを壊すやり方を壊す
ハセミの街、買い取り屋「金のなる木」の中。
オープンしたここは、多くの冒険者が訪れて、ドロップ品を持ち込んでいた。
それをエルザとイーナが査定して、買い取っている。
ちなみに店の一角に掲げられたボードにはカルシウムの一階から五階までのドロップ品と、モンスターの情報と、買い取りの基本額が書かれている。
今の所、品種改良は1~5階までで留めている。
一気にやってしまうと業務が増えすぎる。
エルザたちの慣らし運転もかねて、徐々に、徐々にカルシウムの品種改良をしていくつもりだ。
だからまだ、カルシウムもこの街も完全とは言いがたいが。
「久しぶりだな、こんなに大金を手にしたの」
「飲み行こうぜ飲み、連中めざとくかぎ付けてよ、隣に早速酒場開いてるぜ」
「あーいや、俺は貯金しとく」
「金はつかえって、せっかく稼げるようになったんだ。どっかのすごい人もいってるぜ? 禁欲の果てにたどり着ける境地なんてたかがしれてるって」
「なんだよそれ……でもまあその通りだな!」
コンビらしき冒険者の二人がテンション高くして「金のなる木」から出て行った。
直前に聞こえて来た言葉通り、早速隣にオープンしてきた酒場にくりだすつもりなんだろう。
何となく気になって、追いかけて店の外にでた。
そこは――この「金のなる木」を中心に、街は賑わいを見せていた。
俺がやってきたばかりのハセミとはまったく違う。
あの時のハセミはもっと「死んでいた」、活気とは縁の遠い街だった。
それが今や、「金のなる木」を中心に酒場と言った、歓楽街によくある店が集まってきている。
「It's the economy, stupid」
という言葉を思い出した。
何十年前かのアメリカ大統領から流行り出した言葉だ。
その言葉の意味と同じで、経済面――つまり冒険者の稼ぎが良くなってくると、街全体がいい方向に回り出す。
活気が満ちていく街を見て、俺は満足――。
「お、お前は間抜けだ」
「このむ、無能か!」
「くず! えっと……くず、くず、くず!」
急に、俺の耳に罵倒の連続が飛び込んできた。
店の中から聞こえて来た。
何事かと思い店の中に戻ると、冒険者パーティーの一団があった。
総勢十一名。
十人までが円陣を組んでいて、リーダーらしき立ち位置の男が一人がその外側にいる。
「次、ノース。お前もノルマに達しなかったな」
「うぅ……」
「まん中にでろ」
リーダーの男の命令で、一人の男が円陣から出て、中心に立った。
「やれ」
リーダーが号令を掛けた、すると。
「お前はだめだ!」
「は、恥ずかしくないのか!」
「くず、くず、くず!」
円陣を組んでる他の者が中心にいる男に罵声を浴びせかけた。
中心の男はうつむき、わなわなと震えている。
古いやり方を……
「あの、お客様。ここで大声をだされるのは」
店の中で、いろいろと注目を集めてしまってるやりかたで。
さすがに見かねて、エルザが飛び出してきて、リーダーの男にやんわりと言った。
「すまん、がしかしこういうのはすぐにやらないとダメになるんだ」
「すぐに?」
「そうだ、ノルマに達しなかった事を痛みで感じさせるのだ」
「えっと……それは……」
エルザは困り果てた顔をした。
一見して理にかなってる――いやかなってもいない。
ただの迷惑行為を、しかも洗脳型ブラック企業のやり方を店の中でやったくせに正当化してる男になんといえばいいのか分からないって顔をする。
エルザは困った様子で視線を泳がせた。
そんなエルザと目があった。
彼女は助けを求める目をしていた――言うまでも無い。
こういうのを、見過ごせるはずもない。
俺は騒ぎの中心に向かっていった。
「そういうのはやめろ」
語気を強くして、リーダーの男に言った。
「なんだお前は」
どうやら俺の事を知らないようだ。
俺はリーダーの男を無視して、その仲間である男達に聞いた。
「こいつから離れた方がいい」
「「「……」」」
男達は無言で黙ってしまった。
大半がうつむき、悔しそうな顔をしている。
そんな中、一人が俺に食ってかかってきた。
「何も知らないくせに好き勝手言うな! やめれたらとっくにやめてる!」
「なるほど。やめられない理由は?」
「はあ?」
「こんな洗脳まがいの、人格を否定するようなやり方をするヤツとパーティーを組んでやめられない理由は?」
「言ったらどうにかしてくれるのかよ!」
男は吐き捨てるように言った、嘲笑のニュアンスもあった。
が。
「ああ」
「はあ?」
「俺がなんとかする」
「はっ! そんなの信じられるかよ」
「とりあえず言ってみろよ」
「うるさい」
俺に食ってかかってきた男はいよいよ怒りの顔になった。
なにも知らないくせに。
また、そんな言葉を投げつけてくるような顔だ。
そんななか、別の男――罵倒中ずっと「くず」しか言えなかった、朴訥な男が口を開く。
「契約、なんです」
「契約?」
「パーティーを組む時に契約してしまったんです。3年以内でやめると違約金を払わされるんです」
「……なんだ」
俺は失笑した。
「なんだてめえ!」
さっきの男がまた食ってかかってきた。
「わるい、今のは俺が悪かった。ただ、一番簡単な話なんだなって思って」
「はあ?」
「エルザ、俺の口座はエルザが管理してるよな」
「はい、リョータさん」
「「「リョータさん?」」」
ブラックパーティーの男達の何人かが俺の名前に反応した。
それをひとまず無視して、話を進める。
「人数分、足りるよな」
「もちろんです」
エルザはさっきから腕を組んで、半ば冷笑して成り行きを見ているリーダーの男に向かって。
「一億ピロ、口座に振り込みますね」
男の表情が変わった、全員だ。
リーダーの男も、奴隷にさせられている仲間たちも。
「あの……こんなことをしても僕、返すにはどうすればいいのか……」
「それは後でゆっくり考えよう。今はまず」
俺も、リーダーの男の方を向いて。
真っ直ぐ、挑戦状を叩きつけるような目で。
「こいつにノーって言おう」
俺が言うと、一拍遅れて。
「あ、ありがとうございます」
と、朴訥な男が言った。
それを皮切りに、他の男達も俺にお礼を言ってきた。
いきなりのことで、リーダーの男は最後まで複雑そうな表情をしたままだった。