357.14倍ニンジン
「これでウサギも精霊付き」
イヴは興奮気味に、鼻息を荒くして胸を張った。
「ニンジンが、作り放題」
「あまりやらかすなよ。品種改良中はなんだかんだで生産行動止めるから」
「だめ?」
「まったくダメって言わないが……シーズンごとにってのはどうだ?」
「シーズンごと?」
首をかしげるイヴ。
彼女とも結構長い付き合いだ。
そもそもは家に押しかけてきて、エミリーのニンジン麺を食べさせたことから懐かれた気がする。
それもあってか、扱い方がある程度は分かる。
「ああ、シーズンごとだ。想像してみろ、春だけのニンジン、夏だけのニンジン、秋だけのニンジン、冬だけのニンジン。そして……」
「そ、そして?」
ゴクリ、と生唾を飲むイヴ。
完全に掛かったな。
「お正月――元旦のスペシャルニンジン」
「ふおおおお!?」
目を輝かせて、テンションが爆上がりするイヴ。
イヴがニンジン好きなのは変わらない、こだわるのも決してなくならない。
なら、その方向性にノせて行けばかなりの高確率で言うことを聞いてくれる。
今もそうで、概ね予想通りの反応をしてくれた。
「低レベル、協力してくれる?」
「うん?」
「元旦のスペシャルニンジン」
「ああもちろん」
即答する俺。
それくらいなら――いやそういうことなら。
お正月のごちそうのための協力、仲間だしむしろ当たり前に喜んでやる。
「おおぉ……」
それがよほど効いたのか、イヴはかつてないほど感動した顔になった。
さて、イヴはこれでいいとして。
俺はカルシウムに向き直った。
「ありがとうな」
「ぜんぜーん、むしろこっちがありがとーだよー」
カルシウムはやっぱりのんびり、いやおっとりな口調で答えた。
「そういえばあんたの名前を名乗っていいことになったけど、それなにか力はついたのか? 加護って言うか」
「うん! そっちのウサギちゃん。わかるよねー」
カルシウムはイヴに水を向けた。
「ウサギ十四分身のこと?」
イヴが素っ気なく言った直後、それが起きた。
イヴと同じ、うさ耳にバニースーツの格好をした2頭身のキャラクター、ミニイヴとも言うべきのが14体現われた。
服装はまったく一緒の露出の高いバニースーツだが、二頭身になるとエロさはゼロになって、可愛さが300%くらいに増している。
「なるほど、あのミノタウロスの能力か」
「うーん、まったく同じ能力だよー」
「ウサギこれ使わない」
「うん? ああ、あの復活は共食いっぽいし、さすがに自分の見た目をしたのは――」
「ウサギは肉をたべない、面汚し」
「そっちかーい!」
思わず盛大に突っ込んだ。
どこまでもブレないイヴだった。
「復活に使わないって事はあんまり意味ないのか? その子らって動かせる?」
「それはいける。ウサギと感覚もリンクしてる」
「へえ……ふむ」
「どうしたの低レベル」
「感覚がリンクしてるって事は、その状態で飯を食べたらどうなるのかなって」
「――ッ!」
イヴは駆け出した。
身を翻していきなり駆け出した。
駆け出して、扉がどこにもないことに気づいて、カルシウムの所に戻ってくる。
「ウサギを元にもどす」
「外にだすのー?」
こくこくと頷くイヴ。
特に何も思うことなくって顔で、カルシウムは手をかざして、イヴが光に包まれて、消えていなくなった。
要求通り戻されたんだろう。
いきなりどうしたのかときになるので。
「悪い、俺も一旦戻してくれ。また来るから」
「これるのー?」
「ああ」
「そっか。わかったー」
のんびり口調のまま、また手をかざす。
光が俺を包み込み、次の瞬間カルシウムのダンジョンに戻った。
堕天使がいる、地下五階だ。
少し探してみるが、イヴが見当たらないので、転送ゲートで屋敷に戻った。
転送部屋から出て、屋敷の中でイヴを探す。
するとキッチンに彼女がいた。
イヴと、十四体のミニイヴ。
全員がニンジンをかじっていた。
食糧にストックしているニンジンを、十四体がそろって、幸せな顔でカジカジしている。
ものすごい光景だ。
というか早速やってるのか――。
「低レベル!」
「お、おう?」
「すごい、十四倍のおいしさでニンジンが食べれる」
「そうなのか?」
「うん!」
珍しくはっきりと頷いて、嬉しそうな顔をするイヴ。
「全部美味しい、美味しいのが十四倍」
「なるほど――良かったな」
俺は素直に祝福した。
能力の無駄遣いな気もするが、これがイヴにとって一番幸せな結果だろうし、それでいいと思った。
「本当にありがとう!!!!!!」
イヴに出会ってからで一番すごい勢いでお礼を言われたことは、複雑と言えば複雑だった。




