351.先行投資
カルシウム一階。
転送部屋からダンジョンに入った俺は即座にモンスターの天使とエンカウントした。
背中に羽を生やしてて、武装は剣と盾。
一方で、前とは違って、露出度が確実に上がっている。
「リペティション――普通にダメか」
当たり前の事なので、俺はすぐに次の行動に移る。
俺にむかって斬りつけてくる剣の更に向こうに潜り込んで、顔を掴んで突進して壁に叩きつけて動きを止めてから、確実にゼロ距離ヘッドショットを決める。
天使が倒れて、肉の塊がドロップ。
牛肉だが、手にとってみると乳臭さが鼻についた。
また改良は必要みたいだが、今はそれよりも。
「ちゃんと肉になってるな」
「ウサギ、嘘つかない」
遅れてダンジョンに入って来たイヴが俺に抗議した。
「悪い、嘘とは思ってないんだが、ちゃんと自分の目で確認するまではな」
「それでも低レベルは失礼」
「ごめん」
ちゃんと目を見てしっかり謝ると、イヴは許してくれた――
「ニンジン一日分」
「わかった」
もとい、ニンジンで許してくれた。
「さて、変わったのはいいけど、ちょっと困ったな」
「何が困るの?」
俺はちらっとイヴの胸を見た。
バニースーツで、露出の高い大きな胸を。
「おっぱいはただじゃない」
「見るならニンジンよこせってことだろ? いやそういうことじゃなくてな」
「?」
じゃあ何? って顔で首をかしげるイヴ。
「改良成功って事は、ミノタウロスを倒したんだろ?」
「ウシはウサギの敵じゃない」
「倒したのはいいけど、ウシの人形、出なかったんだろ? それじゃ次は出来ないって事だから、どうしたもんかなって」
「待てばいい」
「そうするしかないか」
「その間にウサギのニンジンを取ってくる」
「とことんブレないな」
イヴに微苦笑をむけつつ、転送ゲートで屋敷に戻る。
次のミノタウロスが自然に出るまで改良はお預けだ。
が、うずうずした。
屋敷に戻った俺はうずうずした。
イヴと分かれて、一人でサロンに入って、ソファーに座った。
一休みしたが、うずうずがますます強くなった。
やれる事は分かってる、イヴが成功した事で、ミルクから少なくとも肉に、って改良というか転向というか、それが可能な事はわかった。
なのに待つしかないってのは、つらい。
ソシャゲでスタミナ自然回復を待ってる気分だ。
あと一回でクリア出来るのは確実で、スタミナが無いからやれない。
それはすごくうずうずする。
いてもたってもいられなくなる。
ダメだ、待てない。
まったく可能性が見えてなかったら待てたかもしれないけど、なまじイヴが成功してるからうずうずが強すぎて待てなくなった。
俺はソファーから立ち上がって、サロンを出て買い取り所に向かう。
表の看板が変わっていた。
前は「燕の恩返し」だったのが、新しい「金のなる木」って書かれた看板になってる。
中に入ると、イーナだけがいて、アウルムの黄金像を磨いていた。
「よう」
「ありゃ? リョータさん早いね」
「ちょっとな。それよりもその黄金像、ハセミからもってきたのか?」
「ううん、そうじゃないよ。エルザと相談して、アウルムに頼んでさ、あたし達の店には必ず一体はこれを置くことにしたんだ」
「なるほど、それはいいな。どうせならポーズとか変えてみた方がよくないか?」
「そか、違うのって分かれば複数あるのがよりはっきりするね」
「それもそうだし、いずれは聖地巡礼って感じで、全黄金像を巡る旅をする人が出てくるかもな」
「スタンプカードとか作って、支店ごとの黄金像の形にするのもいいかもね」
「収集欲をあおるのは基本だな」
とりとめの無い雑談をイーナとした。
後半のアイデアとか、買い取り屋に果たして必要なのか怪しいものがほとんどだが、盛り上がってとにかくアイデアが出たら言ってしまう空気になったから続けた。
それをしばらくしてから、俺は改めて来た理由をきりだした。
「ちょっと調達したい物があるんだが」
「なに?」
「カルシウムのダンジョンマスターのドロップ品」
「あれかー」
元から知ってたのか、それとも俺が今カルシウムに関わってるから情報を仕入れたのか。
イーナは、それの事を知っていた。
「あれってすっごく高いし、そもそも出回らないのよね」
「そんなに希少なのか?」
「それもそうだけどさ、買い占めるのよ、金持ちが。特に冒険者じゃないお金持ち達がさ」
「……なるほど、命のストックだもんな」
イーナがはっきりと頷いた。
「金で不慮の事故から身を守る事ができるすんごい物だもん。そりゃあねえ。基本、金はあっても買えない、出てきた時は常に時価、っていうタイプの物だよ」
「そうか……」
どうしたもんかな。
金があっても買えない、というのは割と困る。
やっぱり待つしかないのか……?
「……いや」
一つだけ、可能性を思いついた。
☆
「これでたりるだろうか」
「……」
俺は自分でも分かるくらい、ポカーンとしていた。
シクロダンジョン協会の会長室、そこで向き合ってるのは会長であるセル・ステマ。
俺の知りあいの中で一番金を持ってそうで、貴族っぽいセル。
彼なら持っているだろうと、持っていたら貸してもらおうと思ってやってきた。
ちなみに借りるって言うのは、俺がやればダンジョンマスターからまた模型に戻せるから、使った後は返せるからだ。
そう思ってきたのに、セルは話を聞いた直後に俺が欲しかった牛の模型を合計で五個、テーブルの上に並べた。
「足りないのであればかき集めさせるが」
「違う、そうじゃない」
頭の中でメロディが流れ出しそうになるのを堪えて、セルに聞き返した。
「なんで用意してたんだ?」
「サトウ様の事は全てわかる」
「あぁ……」
そういえばこいつ、俺のストーカーだっけな。
だったら分かっても不思議はないか。
「わかった、借りていく」
「いや、それはサトウ様に差し上げる」
「くれるって言うのか? これすっごく高いって聞いたぞ」
「サトウ様が今やっていることは知っている。それが成功すれば、この五つどころじゃない利益と可能性が生み出される」
「なるほど」
利益は分からないが、可能性は確かに広がる。
「それを唯一可能とするサトウ様。投資としては安すぎる位だ」
また持ち上げられた。
悪い気はしないが、何がなんでも成功しなきゃなって気になってくる。
「分かった、もらっていく」
俺は牛の模型を受け取って、早足で協会の建物を出て、急いでカルシウムに向かうことにした。