348.ミノタウロス
カルシウムダンジョン、地下四階。
モンスターが完全に消えて、異様な空気を漂うようになったダンジョンの中を、イヴと二人で進む。
ダンジョンを降りながらダンジョンマスターを探す、今回の目的から考えれば前段階もいいところなのだが。
「フンス!」
イヴが、ものすごく意気込んでいた。
というか鼻息が荒い。
今回の一件でイヴはやる気を出している、それは分かるが、やる気が前とちょっと質が違うように見える。
それが気になったから、聞いてみることにした。
「どうしたんだイヴ。テンションがいつもより高いぞ」
「ウサギ、ここのダンジョンマスターの事を聞いた」
「へえ」
「絶対に許さない、絶対に」
「え? なんで?」
「それは――」
イヴが答えようとしたその時、ダンジョン内に漂うダンジョンマスターの気配が一段と濃くなった。
来る、と思った直後に果たしてやってきた。
曲がり角から現われたのは牛の頭にマッチョな人間の体、そして両刃の巨大な斧を武器に持っている。
ミノタウロス。自然とその名前が頭に浮かび上がった。
こいつがカルシウムのダンジョンマスターか。
「天誅!」
「え?」
普段決して口にしない台詞を口走りながら、イヴがミノタウロスに飛びかかった。
肉薄しながら放つチョップが、今までで一番遅く見えた。
イヴの手刀。
扇風機の羽根が逆に遅くなるのと同じ現象で、遅く見えれば見える程威力が高い。
かつてなく遅く見えるイヴのチョップはミノタウロスの斧と打ち合って――斧を粉砕しつつ更に振り下ろされ、牛の頭をそのまま吹っ飛ばした。
「フンス!」
巨体が倒れ、地面を揺らすその横で、イヴがまたまた鼻息を荒くしていた。
「おいおい、一撃かよ」
「当然、これは天誅」
「さっきも言ってたけど、なんなんだその天誅って」
「牛のくせに、倒した人間の肉を食べる」
「ミノタウロスってそうらしいな」
神話の方のミノタウロスを思い出す。
男は殺して喰らい、女は凌辱するという結構イカしたヤツだ。
まあ神話なんて9割9分の登場キャラがイカしてるが。
「牛のくせに肉を食べる。草食系の面汚し」
「ああ、そういうことなの」
「だから天誅」
鼻息荒くしてたイヴだったが、ミノタウロスを倒したことで多少は気が晴れたようだ。
頭を吹っ飛ばされて倒れてるミノタウロスの死体の横で胸を張ってふんぞりかえっている。
「しかし……牛の頭に人間の体か。歯は草食動物だけど消化器は雑食動物になるよな。ニンジンとかあげた方が美味しく食べれるんじゃないのか?」
ミノタウロスの死体を眺めながら、夢も希望もない、ファンタジーのガチ考察をやってみた。
それにイヴが即座に反論してきた。
「ウサギが一番ニンジンを食べれる」
「そんなニュ○タイプみたいな台詞はいいから。というか」
ミノタウロスを見て、イヴがこだわってるニンジンでふと連想して。
「ケンタウロスとかはどうなるんだ? 馬との合いの子だからニンジン結構いけるよな」
「キュピーン」
変な音がして、イヴの目が妖しく光った。
あっ、これは深く掘り下げない方がいい事案だ。
自分で持ち出しといて何だが、ここは話をそらそう。
何かネタは無いか。
そう思って周りを見て、ミノタウロスの死体を見下ろして。
「……あれ? おかしいな」
「面汚しだからなにもかもおかしい」
「いやそうじゃなくて……消えないぞ」
「え?」
首をかしげるイヴ、そのイヴもミノタウロスに目を向けた。
そう、消えない。
倒したのにミノタウロスは消えてない。
頭を失った、パッと見マッチョメンな死体のまま倒れて消えない。
それに……気配も消えてない。ダンジョンマスターがいる時のままだ。
まさか――と思った次の瞬間事態が動いた。
ミノタウロスの死体がのそりと起き上がった。
首が生えてきた、砕けた斧が復元した。
そのまま斧を振りかぶって、真横にものすごい勢いで薙いだ。
「イヴ!」
狙われたのはイヴ。
そのイヴは反応して、斧に向かって手刀を放って迎え撃つ――
「きゃっ」
手と斧がぶつかって、斧が思いっきり振り抜かれた。
イヴはライナー軌道で吹っ飛ばされて、ダンジョンの壁に突っ込んでしまう。
「イヴ!!」
ぐったりと地面に倒れるイヴ、気を失った。
外傷はそれほど無い、叩きつけられたダメージだけのようだ。
そのイヴにミノタウロスは追撃しようと、斧を構えて突進。
「いかせるか!」
二丁拳銃を抜きはなって、通常弾を連射して突進の勢いを止める。
斧で弾を弾き、速度が落ちたミノタウロスとイヴの間に割って入る。
ミノタウロスと真っ正面から対峙する――びっくりした。
いつの間にか頭が生えてきて――それだけではなく機械化していた。
ところどころメタリックな色合いで、なんだかやたらと鋭角だ。
生え替わった新しい頭はぱっとみ牛のままだったが、もう完全に機械そのものだ。
メカミノタウロス、そんな言葉が頭の中に浮かび上がってきた。
「倒したら変身するのか」
つぶやく俺だが、事態はそれだけにとどまらなかった。
メカミノタウロスは斧を持ったまま天を仰いで咆哮。
ダンジョンが揺れる程の咆吼のあと、周りに何かが召喚された。
出てきたのは、一回り小さいミノタウロス。それがいっぱい。
同じ牛頭に人間の体。
それの男が7体、女も7体。
計、14体のミニミノタウロスが現われた。
「召喚までするのか」
試しに通常弾を連射。
早撃ち&クイックリロード。
一瞬で数十発の銃弾をメカミノタウロスに撃ち込んだ。
斧で大半は弾かれたが、一発、俺の太ももよりも太いマッチョな腕をかすめていった。
上腕部が裂け、血が吹き出される。
ミニがいても、大本のメカミノタウロスにダメージは通るみたいだ。
「――ならっ!」
周りを無視して頭を獲る!
俺は一直線にメカミノタウロスに向かって突進した。
斧の横薙ぎが来る。
イヴすら吹っ飛ばした一撃、力SSとはいえ肉弾戦に付き合うのは得策ではない。
クズ弾を撃った。
メカミノタウロスの斧の軌道に合わせてクズ弾。
何にも押されずただ直進するクズ弾、メカミノタウロスの斧を弾いた。
壁を殴って弾かれたように、斧が大きく跳ね返されて、メカミノタウロスは体勢を崩した。
そこに一気に飛び込む。棒立ちのミニの横をすり抜けて懐に潜り込んで、二丁拳銃を当ててゼロ距離連射!
無数の弾丸がメカミノタウロスの体を貫通。ぐちゃぐちゃにして吹っ飛ばした。
すぐに地面を蹴って距離を取る、イヴを守れる様にその前に立つ。
様子を見る、メカミノタウロスは消えない。
代わりにミニの一体が近づいていき、メカミノタウロスはそれを掴んで、頭からかじりついた。
「おいおい……」
ミニをむしゃむしゃ食った後、メカミノタウロスはまったく無傷な状態に回復した。
ただし、俺が吹っ飛ばした所もメカ化している。
咆吼する、残った13体も同じく咆吼――共鳴する。
「命のストック、残機制ってことか」
ドゴーン!
斧が再び来て、クズ弾で迎え撃つ。
同じく弾かれるが、弾かれた時の衝撃波がさっきよりも大きい。
「パワーもアップするか」
「ぐおおおおおお!!」
「俺の変身はあと13回残ってる――とかそういうキャラじゃないか」
怒り狂って襲いかかってくる。
撃って倒す。またミニを喰らって復活&パワーアップ。
その間にミニを攻撃してみたが、攻撃は全部弾かれる。
こっちは無敵みたいだ。
倒す度にメカミノタウロスはパワーアップする、体もドンドン機械化して、その分防御力も上がってる。
加速度的に強くなっていくが。
「パワーだけのごり押しなら!」
いくらパワーが上がっても、クズ弾にはかなわない。
俺は斧の軌道にあわせてクズ弾で弾き続けた。
メカミノタウロスのパワーは上がり続けたが、逆にそれで弾かれた時の隙もドンドン大きくなった。
最後のあたりには弾かれた勢いで自ら空中一回転する程になった。
クズ弾のある意味絶対防御を駆使して、メカミノタウロスを14回ぶっ倒して。
「さあ、どうだ?」
ストックがつきて復活出来なくなって、メカミノタウロスは完全に消えたのだった。




