345.燕からの独立
夜、サロンの中。
俺はエルザとイーナに近づき、声をかけた。
「エルザ、イーナ。ちょっと話いいか?」
「はい、何ですか?」
「もしかしてデートのお誘い?」
普通に返事したエルザと、冗談に乗せて返してきたイーナ。
二人の性格がそれぞれ良く出ている返事だ。
服装も性格が良く出ている。
エルザはきちっとした部屋着なのに対し、イーナはネグリジェに近い薄着だ。
「ちょっと相談が」
「なんかマジっぽいね」
エルザとイーナ、二人は互いを見て、頷き合った。
「いや、そこまで大ごとでもないんだ、というかいつもの話」
「ハセミのことですか?」
即答するエルザ、ピンと来たようだ。
「そう。ハセミで今独占してる買い取り屋がちょっと信用出来なくて、信用出来る所にはいって欲しいんだ」
「なるほど、分かりました。聞いてきます」
「ああ頼む――ってえ?」
エルザは立ち上がって、サロンから飛び出していった。
「いや、別にそこまで急ぎでもないんだが……ってもういっちゃった」
「あはは、やる気満々だよねあの子」
イーナは楽しげに笑っていた。
「あの様子ならすぐに帰ってくるから、その間にあたしに付き合ってよ」
イーナはそう言って、グラスを差し出した。
「飲んでるのか?」
「せっかく美味いお酒が簡単に手に入る所に住んでるからね」
「ん?」
どういう事なのかと首をかしげつつ、イーナからグラスを受け取って、口をつけた。
「ああ、ボドレーか」
「そういうこと」
にこりと笑うイーナ。
ボドレー・リョータ。
フィリンの街にあるランタンダンジョンの特産品。
前に俺が品種改良をして作り出したワインだ。
「リョータさんと取引してるおかげで、従業員価格で買えるんだこれ」
「これが飲みたかったら俺に言えばいいのに」
ブランド化して希少価値をつける意味合いもあって、ボドレーはフィリンのダンジョン協会会長、マオ・ミィの方針で生産・出荷を絞ってる。
その中で、改良して名前を使われた俺だけが無制限に取ってくることが出来る。
普段はしないが、身内が飲みたい位の分はいつでもいくらでも取ってくる。
「ありがと、でも大丈夫」
「そうか」
イーナと一緒にボドレーを飲む。
先に飲み始めた彼女はそこそこできあがっているようで、途中から俺にしなだれかかってきた。
服装の事もあって、なんだかキャバクラにいるような気分になってくる。
「ねえ、あの子の事、どう思う?」
「あの子って、エルザのこと?」
「うん」
「どうって……」
何が?
主語がまったく無くて、何を聞きたいのかわからない。
「鈍いわね、も・ち・ろ・ん――」
「ただいま戻りました!」
イーナが言いかけるのを遮るようにして、エルザがサロンに戻ってきた。
「はあ……」
「え、ど、どうしたのイーナ」
イーナがため息をつき、エルザが戸惑った。
「何でも無い。それよりもどうだった」
「あっ、うん。それが……」
エルザが何故か困った顔をした。
「どうしたの?」
「マスターに聞いてみたんです、ハセミに支店だせないかって」
「うん」
頷く俺。
エルザに頼んだ、いつもの話。
「そうしたら、今は無理だって」
「無理?」
「手がいっぱいで、前から従業員増やしてるけど間に合って無くて、今のままじゃとても新しい街に進出するのは無理だって」
「ありゃ」
「すごくありがたい話だけど……今回は……その……」
うつむき加減で、申し訳なさそうに言うエルザ。
「気にしなくていいよ。でもそうなるとどうするかな、セルに話を持っていくか」
「ねえ」
俺が次の手を考え出すと、イーナが思考に割り込んできた。
「エルザにやらせたら?」
「え? いや今マスターが無理だって」
「そうじゃなくて、ねえエルザ」
イーナがエルザの方を向く。
さっきまで飲んでて俺にしなだれかかってきたのと同じ人間だとは思えないくらいの、真面目な顔でエルザを見つめた。
「独立してみない?」
「……えええええ!? む、無理だよそんなの」
「おお」
俺はポン、と手を叩いた。
「リョータさんまで、おおって」
「いや、いいんじゃないか? ああそうか、イーナがさっき言ってた『エルザの事をどう思う』ってこういうことか」
「はい?」
言い出しっぺのくせに、イーナは何故か眉をひそめ首をかしげた。
ちょっとひっかかったが、俺は続けた。
「俺はエルザの事、すごいと思ってるよ。イーナがここにくるまでは一人で出張所回してたし、今も行動力があったし。サラリーマンと違って、経営者は行動的じゃないと務まらないと思う」
「そ、そうですか……?」
エルザははにかんで、うつむいた。
「で、でも無理ですよ」
「どうして?」
「だって、独立するならお金がいるし、それに」
「金なら出すぞ」
「えええええ!?」
「口座に残高残しててもしょうがないだろ。エルザは把握してるよな。それで独立するのにたりるか?」
「た、足りますけど……」
「なら良かった。他に必要なものは――ってああ」
言いかけて、俺は一番大事な事を思い出した。
こっちが一方的に話を進めて、盛り上がって、大事な事を忘れていた。
「エルザはどう思う? 実現可能だったら、やってみたいか?」
「……」
エルザはしばらく俺を見つめた。
はにかむのも、気後れするのも。
そう言ったのは全部無くなって、真顔で、俺を見つめて来た。
そうして、しばらくたって。
「やります」
と、言った。
「うん」
「イーナも一緒に来てくれるよね。インドールの時の立ち上げ、イーナがいなかったら上手くいってなかったんだから」
「しょーがないねえ」
イーナは肩をすくめつつも、必要とされることをまんざらでもないって顔をした。
意外な展開になったが、悪くない。
エルザが独立するのを、ハセミの件と同時に進める事にした。