341.牛乳の波
イヴと二人で、急いで通常ルートでハセミにやってきた。
街の中に入ると、昨日来た時よりも更に街の雰囲気が悪化していた。
冒険者が街中の至る所にいるが、全員が揃って表情が暗い。
「どうしたんだ?」
「ニンジンがない」
「は?」
こんな時に何を、とイヴを見るが。
「一ヶ月ニンジン食べられないっていわれた時のウサギと同じ」
彼女特有の表現だが、実はまともな事をいっていた。
「何かを取り上げられたって事か?」
「そう」
「……アーロンの所に行こう」
イヴを連れて、一直線にハセミのダンジョン協会に向かう。
建物に入って、一直線に会長室を目指す。
「アーロン!」
「リョータ・サトウ様!」
「おかしいのは把握してる。何があった」
アーロンはがっくりうなだれて、言った。
「ランドルさんが、もうミルクの買い取りはしないと宣言したのです」
「買い取りはしない?」
「はい、そのうちミルクそのものが無くなるからと。だからもう別の商売に切り替えると」
「早すぎる! まだ何がどうなるのかも分かってないんだぞ」
「はい……。それを宣言して実際に買わなくなったから、冒険者は誰もダンジョンに入らなくなって」
「それでモンスターが溢れたって訳か」
「はい……」
またがっくりするアーロン。
「分かった。じゃあ俺が買い取る」
「え?」
うなだれる所からパッと顔をあげるアーロン。
「買い取るって……どれくらいを」
「全部だ」
「ぜ、全部?」
ポカーンとするアーロン。
「低レベル、それはすごくお金がいる」
「貯金はある。それにこの際どうでもいい」
ランドルの「意趣返し」に、俺は火がついた。
このタイミングでそんなのをやってくるなんて理不尽過ぎる、腹がたつ。
始まりはただの頼まれごとだが、こうなったら意地でもハセミとカルシウムダンジョンをどうにかしたくなった。
「な、なんとお礼を申せばよいのやら……」
「気にするな、俺がやりたいだけだ」
「ありがとうございます……ですが一つ問題が」
「なんだ?」
「冒険者が全員引き上げたので、モンスターのストックが大変な事になってます。このままじゃ冒険者は一人もダンジョンに入れません」
ストックって言うのか。
「それも俺がやる、任せろ」
「あ、ありがとうございます!」
感激するアーロン、彼をひとまず置いて、イヴの方を向く。
「イヴ、あんたは屋敷に戻っててくれ」
「ウサギ、何でもやる」
意気込むイヴ、ニンジンが絡んでなくて言葉足らずだが、屋敷じゃなくダンジョンに入るって言ってくれてる。
俺はゆっくりと首を振って。
「ゲートを開通させておきたい。俺がここでダンジョンをなんとかするから、イヴはゲート開通をやり続けてて」
「……わかった」
しばらく俺の顔を見つめ、本気でそれが必要だと思ったイヴは頷き。会長室から飛び出した。
俺は、彼女とは逆方向のカルシウムダンジョンに向かった。
☆
ダンジョンの外にやってくると、状況の悪さがより一層分かる。
カルシウムの入り口に天使がうじゃうじゃいるのが見える。
モンスターだから外に出られないので、天使はまるで満員電車――透明のガラス扉がある満員電車みたいに見えない壁に押しつけられ、ぎっしり詰まっていた。
まずは入るところから。
拳銃を抜いて、成長弾を撃つ。
「むっ」
成長弾は弾かれた、入り口の境目の、見えない壁に。
「外からじゃだめか?」
近づき、拳銃の銃口を見えない壁に押し当てる。
厳密に言えば俺も拳銃もダンジョンの出入りは制限されないから、押し当て――押しのけたのは天使の体だった。
すごく重く――ぎっしり詰まっていた。
両手で押して、ようやく銃口が一センチほど奥に押し込めた。
即トリガーを引く、天使がゼロ距離で撃ち抜かれて、牛乳をドロップして消えた。
その瞬間、天使がいたところに新しい天使が現われた。
天使が空いた場所に入って、ドロップした牛乳はダンジョンに押し出されて、バケツでぶっかけたようにぶちまけられた。
話は聞いていたが、余剰分のストックはこんなにもすぐに補充されるもんなんだな。
こりゃ速度をあげないと。
俺は自分に加速弾を撃って、加速した世界に入った。
同じように銃口を一センチ奥に押し込んで、成長弾を撃つ。
天使が倒れる、牛乳がドロップ。
牛乳がスローモーションでぶちまけられる、ストックからの再出現がまだだ。
中に入る、天使を速攻で倒す。
天使がまたまたきえて、牛乳がドロップ――大量にドロップした。
最初に倒れたストックがここで補充され、大量の牛乳が俺に押し寄せてきた。
ぶっかけられた状態になって、目に入って動きが遅くなった。
その間、二体目のストックも補充――俺は牛乳とともにダンジョンの外に押し出された。
押し出す力はかなり強くて、俺は牛乳まみれになりながらゴロゴロ転がった。
立ち上がって、牛乳を袖で拭って、今やられた事を思い起こす。
ストックの押し出しは重いが、勢いはない。
逆に牛乳はそれほど重くないが、激しい勢いだ。
その二つが合わさって、俺は吹っ飛ばされた。
そして、カルシウム一階は依然として天使でぎゅうぎゅう詰めだ。
「押しの強さならまけん」
深呼吸して、入り口に三度近づく。
加速弾が残ってる状態で――連射。
クズ弾を連射した。
まるで点描で絵を描くかのように、入り口にびっしりとクズ弾を撃った。
クズ弾が前進する。
まるでプレス機かのように、天使を押しつぶしつつ前進。
ダンジョンが満杯でストックも現われる物量の押す力はかなりのものだが、そういうのはクズ弾に及ばない。
何があってもスローで前進するクズ弾は押しかっている。
入り口で作ったクズ弾の壁。
ある程度奥に進んだところで、今度は周りに空いた隙間をクズ弾で更に埋める。
スキマから天使が入って来たら全てが台無しだ。
加速弾がきれた。
前進を続けるクズ弾のスキマを埋めるように打ち続けた。
やがて、数百発のクズ弾は天使を押しのけ、人一人分入れる空間が出来た。
俺は中に入る、クズ弾の作ってくれた空間と時間で拳銃を構える。
クズ弾の壁だが、穴が二つある。
最初から空けて置いた穴だ。
穴の一つに単体最高火力の成長弾を撃ち込んだ。
見えないが、天使が当って倒れたのを手応えで感じた。
直後、もう一つの穴から牛乳が噴き出した。
水鉄砲――いやそんな生やさしいものじゃない。
暴徒鎮圧用の水柱。
それに匹敵する程の勢いで、牛乳が穴から吹き出されて、ダンジョンの外に飛び出た。
減圧。
倒した分――多分初めてドロップSがマイナスに作用したこの場面でドロップした大量の牛乳を外に出していた。
こうしておかないと、いくら天使を倒してもクズ弾が消えた瞬間さっきと同じように牛乳に押し出される。
そうならないために、牛乳は順次外に出す仕組みにした。
片方の穴から成長弾を連射。
天使が次々と倒れるにつれ、水圧が次々と上がって、水柱が水平に50メートルも吹き出されるほどの勢いになった。
「お待たせ低レベル」
クズ弾が更に進み、人二人分くらいのスペースになったところで、ゲートが開いてイヴが転送されてきた。
「来たかイヴ、ここは危ない――」
そう言った直後――遅かった。
最初に撃ったクズ弾が時間切れになって消えた。
一気に消えた。
最初のは加速状態で撃ったから、まとめて消えたのだ。
勢いがあるって事は、牛乳が大量にあるということ。
クズ弾の壁が消えたのと同時に、牛乳の波が俺たちに押し寄せてきた。
能力オールSSでもたっていられない程の大波。
俺とイヴは押し流されて、ダンジョンの外に押し出された。
「ぺっ、ぺっぺっ」
「ウサギ、ぶっかけられた」
「いやいや」
二人して尻餅をついた状態で、イヴが紛らわしい表現をした。
そりゃ白いが量が多すぎる。
ぶっちゃけ、ちっともエロくない。
多すぎてちっともエロくない。
「あっ」
「どうした」
「……」
イヴは無言ですぅと手を伸ばし、ダンジョンを指した。
俺もダンジョンを見ると、
「ストックがきれたか!」
未だに流れ出る牛乳の中で、天使の何体かがゆらゆらと、空いたスペースで揺らめいていた!