340.パンパンだった
夕方になって、イヴが開通させた転送ゲートでシクロの屋敷に戻った。
ハセミの街のカルシウムダンジョンから、シクロの屋敷まで一瞬だ。
通常ルートで行くと半日は余裕でかかる道のりなだけに、改めてその威力を実感した。
「今日はもうおしまい?」
一緒に戻ってきたイヴが聞いてきた。
「ああ、また明日の朝にな」
「わかった」
今日思いっきり働いたイヴはゆっくり立ち去った。
「あら、お帰りリョータさん」
「セレスト。もう帰ってたのか」
自分の部屋がある方からやってきたセレスト。
ダンジョンに出る時の格好じゃなくて、家に居る時の格好をしている。
「ううん、今日は家に居たの」
「家に? 魔力嵐……はないよな」
記憶を探る、昨夜見た「天気予報」に魔力嵐はなかった。
午前も午後も、魔法使いにとって普通の天気だった。
だからセレストは普通にダンジョンにいけるはずなんだが。
「情報をまとめてたのよ」
「情報?」
「ええ、カルシウムの情報」
「! そんな事をしてたのか」
驚く俺、微笑むセレスト。
「だって、イヴちゃんには負けてられないもの」
「セレストも精霊付き狙ってるのか?」
「そういう訳じゃないけどね」
だったら? って感じで首をかしげて聞き返したが、セレストは微笑んだままこたえなかった。
なんかはぐらかされている気がするが、まいっか。
「それよりも、ある程度まとまったから、聞いてくれるかしら」
「ああ。ここじゃなんだしサロンいくか」
「そうね」
二人肩を並べて、サロンに移動した。
サロンに入ると、既に先客がいた。
帰宅して早速ウサギの着ぐるみに着替えたイヴがニンジンをガジガジしていた。
カルシウムにいた時はやる気満々だったのが、俺とセレストを一瞥しただけで何も言わなかった。
興味ある事と無い事の落差が激しいな。
まあ、いつもの事だけど。
それをセレストも知ってて、彼女はイヴの無反応をスルーして、ソファーに座った。
その向かい、正面から向き合うように座る。
「で、何処までまとめたんだ?」
「カルシウムダンジョン。様々なミルクをドロップする所」
「様々な?」
「ええ、一番多いのは牛乳、その次がヤギのミルク。それ以外にも色々あるけど、全部がミルクよ」
「なるほど」
カルシウムはミルクダンジョンだったって事だ。
「モンスターは全部が天使」
「全部?」
「そう、全階層が天使系」
「へえ、そうなのか」
「それで、ここからが一番重要なポイント」
「うん?」
セレストが真顔になった。
「カルシウムにはモンスターの上限数がないの」
「上限がない?どういう事だ?」
「普通のダンジョンだと、モンスターを倒さなくても、ある程度の数まで行けば新しいモンスターが現われなくなる。よね」
「ああ。とはいっても普通は上限まで行くことはほとんどないがな。大抵は継続的に倒され続けてる」
「ニホニウム以外」
そうだな。
冒険者が行かない、行く旨みのないニホニウムは、常にモンスターがその上限数に張り付いている。
「それがカルシウムにはないというの。それが今、ハセミのダンジョン協会と、そこの冒険者の疲弊の原因になってるの」
「どういう事だ?」
「儲からないドロップ品、普通なら生産の数を減らすよね」
「ああ」
「でも、カルシウムにはそれが出来ない。なぜなら――」
「――生産を減らすとモンスターが増える。際限なく」
セレストは頷いた。
「生産量――モンスターの掃討量って言い換えてもいいわ。それがある一定以下の数字になるとモンスターの総数がふえていく。そして上限がないのだから、次第にダンジョンがモンスターだらけになる」
「……」
俺は考えた。
もう、気楽に考えてられる話じゃない。
「モンスターは階層を跨いだり、ダンジョンの外に出ることは出来ないから、いっぱいになったとしてもそれで害が出るわけじゃないの。でも、いっぱいになって、数は増え続けてるのよ」
「どういう事だ?」
「増えた分はストックされるの。例えばダンジョンいっぱいになって、更に20体増加した分の時間が経過した場合。二十体までは倒してもすぐに復活するの」
「……ダンジョンに入れなくなるな」
そういうことよ、とセレストははっきりと頷いた。
「つまり、お金にならなくても、常に自然復活分を倒してないとダメなのよ」
「……えぐいな」
この世界の全ての物資はダンジョンからドロップ。
全人類を食わせるだけの食料がダンジョンから生産されると言うこと。
つまり、ダンジョンの自然回復は人類を食わせるに足る分量だ。
その分量分のモンスターを倒し続けていなきゃだめとなれば、協会も冒険者も疲弊するの当たり前だ。
「そこも、どうにか出来そうなら改善した方がいい点ね」
「ああ」
問題は想像してたのよりちょっとやっかいだった。
☆
次の日、朝ご飯のあと、イヴと一緒に転送部屋でカルシウムに向かうことにした。
転送部屋の中に入って、カルシウム一階を指定する。
「あれ?」
「ヨーダさん、どうしたです?」
後ろで順番待ちしてるエミリーが不思議そうに首をかしげた。
「いや、ダンジョンへの転送が開かないんだ」
「違うダンジョン指定しちゃったとか?」
「そんな事はないんだが」
「……ウサギも開けない」
同行するイヴも試してみたが、やっぱりゲートは開かない。
念の為に――
「ニホニウム、開く。テルル、開く。プルンブム、開く」
「カルシウム、開かない」
色々試して見たが、カルシウムへのゲートだけが開かなかった。
「昨日は開けたのに」
「そう、ウサギが開いた」
「どういう事だ……まさか!」
ある想像が頭をよぎる。
かなり最悪の事態、まずい想像。
「イヴ。悪いが通常ルートでひとっ走り行ってきてくれ」
「分かった。ウサギエクスプレス」
イヴは猛スピードで飛び出した。
昨日の通りなら、三十分からそこらで戻ってくる。
この状況に三十分……くっ。
「どういう事なのです?」
聞いてくるエミリーに、俺は昨日セレストから聞いたカルシウムダンジョンの特性を説明した。
「ゲートが開けないのは、もしかしたら開くスペースがないからかもしれない」
「ぎゅうぎゅう詰めなのです!?」
渋々頷く俺。
それが外れてくれることを祈ったが。
「ウサギランディング」
カルシウムにひとっ走りしてきたイヴが戻ってきた。
「どうだった?」
「ぎゅうぎゅう詰めだった」
「……くっ」
悪い予想が当ってしまった。