339.天使のミルク
アーロン達と別れて、カルシウムダンジョンの入り口に来た。
ハセミのど真ん中にあって、それを中心にハセミの街が発展している。
複数のダンジョンを持つシクロタイプじゃなくて、一つのダンジョンしか持たないインドールタイプの発展のしかただ。
ダンジョンが一つしかなければ、そこを中心に街が発展していくのは当たり前の流れである。
「……なるほど、良くないな」
カルシウムダンジョンの入り口に立って出入りしてる冒険者を見てるとすぐにそう思った。
魔法カートを押してダンジョンにでいりする冒険者達は、ほとんどが疲れた顔をしている。
肉体的な疲れじゃない。
将来が見えない、働けど働けど生活が良くならない。
そんな状況で心が疲れ果てているからなる表情。
俺にも覚えがある。
「やっぱりなんとかしないとな」
「ウサギ、何をすればいい」
「そうだな、まずは開通だな」
仲間達の力を借りるかもしれない。
そのためにもまずは屋敷との直通経路を開通する所からだ。
「開通?」
「一階にひとまず入って、屋敷に戻って転送部屋を一回使う。いや別に使わなくてもいいけどどのみち屋敷に戻ったら――」
「ウサギに任せる」
イヴはそう言って、ダンジョンに飛び込んだ。
三秒もしないうちに速攻で出てきて。
「少し待つ」
「え? ちょっと待っ――」
シュタ、と手を上げて、そのまま風の如く走り去っていった。
「じゃあって言われても。え?」
どういう事なんだ? 何処に行くつもりなんだ?
「えっと……どうすればいいんだ? 待ってればいいのか?」
分からないが、とりあえず少し待てって言われたようだったから、この場で待つことにした。
そうして待つこと、10分。
「ウサギフィニッシュ」
「へ? なんでダンジョンから出てきたの?」
イヴが戻ってきた、ダンジョンの中からだ。
「え? 俺なんか見落とした? いつの間にかダンジョンに入ってたのか?」
「転送部屋から入った」
「……へ?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
転送部屋から入った……えええええ!?
「今の間に屋敷まで戻ったって事?」
「そう」
「早すぎるだろ? 時速何百キロで走ったんだよ!」
「風の声が聞こえたけどウサギとニンジンの運命を邪魔する者は何人たりとも許さない」
「長文出た! っていうかものすごい状況なんじゃないのかそれ」
「それより次はどうする?」
イヴが真顔で俺を見つめてきた。
まったくぶれない我が家のウサギさん。
何処までもニンジンのために動いている。
ため息一つ、状況をまとめて、考えた。
「イヴが時間を短縮してくれたし、とりあえず一階だけでも攻略していくか。ある程度状況は把握しておきたい」
「わかった」
頷くイヴと一緒にダンジョンの中に足を踏み入れる。
へえ、地下なのにまるで野外みたい――
「やあ!」
ダンジョンの中に入った途端、イヴが目にも止まらぬ動きで突進していき、スローに見えるチョップを放った。
それがモンスターにヒットして――ミルクがパシャン! とドロップして地面にぶちまけた。
「早すぎる! どんなモンスターなのかさえも見えなかったぞ!」
「だめだった?」
きょとん、って感じで小首を傾げるイヴ。
すごい意気込み、そしてすごい勢いで空回りしてる。
その意気込みをどうするか、って考えつつ。
「次は俺がやる。リペティションが使える様に一度は倒さないと」
「ん」
まだ聞き分けてくれるレベルなイヴは手を後ろに組んで、ついでに俺の後ろについてきた。
ダンジョンの中を歩く、ここでようやくダンジョンの内部構造をじっくり観察する余裕がでた。
イヴが動き出す直前にも意識に入って来たが、カルシウムダンジョンは地下(一階)なのにまるで野外みたいだった。
青い空があって、白い雲が見えて、地面はまるで草原だ。
「ピクニックするのにむいてるな。後でエミリーに教えて連れてこよう」
「……」
俺の感想にはイヴは反応しなかった。
青い空白い雲のしたでのピクニックにはどうやら興味は無いらしい。
「……エミリーならこれにあうニンジン料理を作るだろうな」
「今教えてくる!」
「待て待て」
文字通り脱兎の如く駆け出そうとしたイヴを捕まえて引き留める。
予想通りの反応だから引き留めるのがぎりぎりで間に合った。
「それは後で」
「……わかった」
気持ちふてくされたイヴと一緒にダンジョンを回る。
すると――モンスターが現われた。
天使だった。
長い髪、美しい翼、凜々しさを演出する鎧。
そんな天使――いや戦乙女っていうのか?
そういうモンスターだった。
天使は無言で攻撃してきた。
抜き身の長剣を振りかぶって、突進しながら斬りつけてくる。
「手を出すなよイヴ!」
念押ししつつ横っ飛びして躱す、イヴは我関せずって感じで距離を取った。
二丁拳銃を抜く、牽制に通常弾をばらまく。
天使は弾幕を切り払いつつ、更に肉薄してくる。
「基本スペックは高いな!」
横薙ぎの長剣を鼻先にかすめる程度で躱しつつ、刀身に通常弾を連射。
継続的な衝撃に長剣は弾かれたが、
「破壊するまではいたらんか――というか手元に戻るのか」
一度弾き飛ばした剣はまるで磁石がついているかのように天使の手元に戻った。
通常弾と火炎弾、凍結弾といった基本的な弾丸で応戦しつつ、天使のスペックを量る。
そこそこ強いが、動きが結構ワンパターンな事に気づいた。
大抵の冒険者は一日も回れば自分なりのパターン化が出来てしまう。
それくらい動きがワンパターンだ。
天使の攻撃、同じ動きが三ループ目に入ったところで、もう見るものはないと判断。
拳銃に成長した成長弾を込めて、肉薄しつつ天使の眉間に打ち込む。
ゼロ距離成長弾。
撃ち抜かれた天使は倒れて、ドロップする。
パシャーン、と地面にぶちまけられる白いミルク。
「天使のミルクか」
上手くやれば売れそうなものなんだがなあ。
と俺は思ったのだった。