337.ニホニウムとサクヤ
夕方、一日の仕事が終わって、屋敷に戻ってきた。
転送部屋を出て、人の声がする方に歩いて行くと、サロンまでやってきた。
サロンの中には仲間のほとんどが戻ってきてて、更にしばらく泊まって行く事になったゲストのサクヤもいた。
「今日はありがとうございました! ニホニウム様!」
サクヤはそう言って、ニホニウムにお辞儀する。
今にも土下座しかねない程の勢い、90度のお辞儀。
それをした巫女姿のサクヤと、留め袖姿のニホニウム。
「あの一角だけ和風だな」
「和風って?」
「ただいまセレスト。いやこっちの話」
俺に気づき、話しかけてきたセレストに微笑み返す。
「お帰りリョータさん。ところであれはいいの?」
「あれ?」
「あれ」
セレストはサクヤとニホニウムを指した。
物静かなたたずまいのニホニウムと、興奮気味のサクヤ。
サクヤがニホニウムを持ち上げたりして、ご機嫌を取ってる感じだ。
「おかげさまで今日は三つもレベルが下がりました」
とサクヤが言ったのが聞こえたところで。
「あれ」
セレストが言った。
「リョータさんが頼めば、すぐにでも大量にだしてくれるよね。エミリーの時と同じように」
「そうだな」
「仲間じゃないから?」
「いいや」
「じゃあ、何故?」
「それは――」
理由をセレストに説明しようと思ったその時。
「そうだ! お礼にマッサージさせてください。私のマッサージ、受けた皆が疲れとれるし、若返ったみたいだって大好評なんですよ!」
瞬間、サロンのあっちこっちから「ガタッ!」って音がして、女性陣がいきり立ってサクヤを真剣な顔で凝視した。
エルザにイーナ、俺のそばにいたセレスト、今日は遊びに来てたマーガレット、そしてエミリー――って、
「エミリーも!?」
あんまりそういうイメージがないエミリーも、サクヤの「若返った」という台詞に反応した。
俺のそばにいたセレストも含め、女性陣が一斉にサクヤに押しかけた。
「ほ、本当に若返るんですか?」
「どれくらい? 毎日やればいいの?」
「お金払うわ? いくら?」
「あわわ! お、落ち着いてください皆さん、一遍に来ても手は二本しかないです」
サクヤは女性陣にもみくちゃにされながら必死に押しとどめようとした。
「なにあれ」
俺のそばにやってきたアウルムが聞いてきた。
「若さと美貌、世の女性が追い求めて止まない物だ」
「へえ、そういうものなんだ」
アウルムは分かったような分かってないような、面白そうなものを見る顔で笑った。
女性陣で反応してないのは彼女と、それにニホニウムの精霊コンビ。
「こら! ペッしなさいガウガウ」
「(むしゃむしゃ)」
そして、まだまだそういうお年頃じゃないアリスと、いつもの様にマイペースでニンジンをかじってるイヴだった。
そうこうしてるうちに、サクヤによるマッサージの施術が始まった。
肩を揉んだり、腕や腰を揉んだりと、ビジュアル的には100%健全のマッサージだが。
「へんな声だしてんね」
アウルムが不思議そうに首をかしげた。
「人間ってマッサージするとあんな声を出すの?」
サクヤにマッサージされた女性陣はなまめかしい声を出した。
わざとやってんのか、って思う位のなまめかしい声だった。
それをアウルムが不思議に思った。
「……ラブコメのお約束だ」
「らぶこめ?」
「…………ライフをこめる、それを略すときになまったのがラブコメだ」
「ライフ……そっか! 若返りのためだね」
「そういうことだ」
俺はしれっと嘘をついた。
そんな俺の横に、ニホニウムがやってきた。
彼女はすぅと並んできて、無言のまま俺のそばに立った。
「どうした」
何も喋ってこないので、聞いてみると。
「……ありがとう」
とだけ言った。
つぶやくように言った時、視線がサクヤに向けられているのを見逃さなかった。
そうつぶやいたきり、ニホニウムは静かに立ち去った。
彼女と入れ替わるように、施術後のセレストが戻ってきた。
「あぁ……若返った気がする……」
「こういうことだ」
「ふえ?」
自然にできあがった、サクヤとニホニウムの関係。
願わくばそれがニホニウムの傷付いた心を癒やせるように。
俺は、不思議がるセレストをよそに、俺は立ち去るニホニウムの後ろ姿を見送り続けた。