336.驚きの連続
商人が逃げる様に立ち去った後、俺はサクヤに振り向いた。
「さて、朝ご飯にしようか」
「あっ……すごくお世話になってますので、これ以上は」
「別にいいのに、なあエミリー」
「はいです! 朝ご飯用意してあるのです。朝ご飯をちゃんと食べないと力が出ないのです」
エミリーは人差し指をサクヤの鼻先に突きつけて、「めっ」って叱る感じをだした。
「うっ……」
サクヤはたじろいだ。
当たり前の事しか言ってないエミリー、しかし彼女は気圧される。
いや、気圧されるのともちょっと違うかも知れないな。
エミリーハウスだけじゃなくてエミリーご本人。
やさしくて温かくてほんわかな空気を前に意地を張れる人間はそう多くない。
少なくともこのファミリーは全員が陥落している。
「だ、大丈夫です! 行きます」
陥落しかけたサクヤはぐっと堪えて、意地を張った。
「気持ちはわかるけど、今行っても意味はないぞ」
「え? 意味はないって……?」
「それは――」
「おっはよー」
「おはようございます」
屋敷の奥から二人の女が現われた。
一人は魔族だかサキュバスだかのような見た目で、ゴスロリな服をまとっている明るい少女。
もう一人は穏やかで嫋やかで、留め袖姿の大人の美女。
二人とも今起きたのか、自分達の部屋の方からこっちに向かってきた。
いや二人とも寝る必要はないから、ずっと起きてたのかも知れないな。
「アウルム、ニホニウム。おはよう」
「ニホ、ニウム? それにアウルムって……」
俺が二人に挨拶を返したのを聞いて、サクヤはポカーンとなった。
「うん、ニホニウムとアウルム。本人だ」
「本人。…………ってどういう事ですか?」
「そうか、そこから説明しなきゃならないのか」
俺はサクヤに状況を説明した。
ユニークモンスター・ミニ賢者のミーケの力でモンスターは階層跨ぎが出来るようになって、その延長線上でダンジョンの精霊も外に出れるようになったということを、一からサクヤに説明した。
「ということで、二人とも精霊本人だ」
「ふええぇぇぇぇ!」
サクヤは素っ頓狂な声を張り上げる直後。
「本当に本人なの!?」
と、敬語とかすっ飛ぶくらい驚いた。
「ああ。精霊がダンジョンにいないとそもそもモンスターが出ないから。ニホニウムがここにいる以上先に行っても意味が無いぞ」
「な、なるほど……」
驚きつつも、納得するサクヤ。
「おっはよー。アウアウ何してんの」
「はよー、実はねー――」
今度はアリスがやってきた。
初めて耳にする呼び名とともに、彼女は仲良しのアウルムと立ち話の雑談モードに入った。
その間、ニホニウムは無言のまま立ち去って、食堂に向かっていった。
「ちなみにあれがフォスフォラス」
「ふえぇ!? フォスフォラスってあの?」
「あの」
「ふわ……精霊の皆さんって可愛いし綺麗なんですね……」
「……いや、フォスフォラスは肩に乗ってる火の玉っぽいヤツだぞ」
「えええええ!?」
またまた驚くサクヤ。
やっぱりアリスの事だと誤解したんだな。
アリスって紹介はしたはずなんだが、「実は――」って感じで思い込んでたんだな。
「えええ!? でもあの、あの子は昨日メラメラって紹介されましたけど」
「うん、アリスはそう呼んでる」
「ど、どどどどどうしよう、昨日アリスちゃんといっしょに精霊様を使って、顔の下に光を当てて怖い顔ごっこしちゃったんだけど」
「そんな事をしてたのか」
というか意外と地は明るい性格なのかな? アリスの事アリスちゃんって呼んでるし。
「まあそういうことなら心配はないよ。彼はフォスフォラスだけどメラメラでもある、メラメラとして接する分にはなにも問題ない」
「で、でも……精霊様なんですよ!?」
うーん。
この調子だと、他にセレンとアルセニックとテネシンとプルンブムとも交流があるっていったら卒倒するんじゃなかろうか。
「リョータさん」
「ん? おはようエルザ」
俺とサクヤが話している所に、声をかけて割り込んできたのはエルザだった。
「おはようございます。ちょっとご相談があるんですけど」
「相談って?」
「はい、マスターがリョータさんが溜めてる経験値を全部買い取りたいって行ってきました」
「経験値?」
疑問の声を上げたのはサクヤ。ファミリーの一員じゃなくて、その事を知らないサクヤだ。
カンストした後の経験値を結晶化させて溜めといて、いつでも使えるようにしてるって事を説明してあげてから、エルザに聞く。
「なんでいきなり?」
「まだ実際に手にした人はいないのでそうなってませんけど、レベルダウンのアイテムが普通に出回れば、次に高騰するのは経験値になるアイテムだからです」
「なるほど、そりゃそうだ」
「だから高騰する前に買い取りたい、ってマスターが」
「そういうことか」
俺は頷き、即答した。
「それはしばらく待ってくれ」
「どうしてですか?」
「まず彼女が必要になる」
俺は親指でサクヤを指した。
「彼女の一件が終わってから考えるよ」
「分かりました。じゃあマスターには上手く言っておきます」
「大丈夫なのか?」
「はい。そういうのイーナすごく得意だから」
「なるほど」
話が終わって、今度はエルザも食堂に向かっていった。
「さて、俺たちも食堂に行くか」
「あ、あの!」
「うん?」
「その……あの……」
サクヤはもじもじした。
目一杯ためらってから、意を決した様な表情で。
「ありがとうございます!!」
と言ってきた。
残しはするが、今まではほとんど価値のなかった物だから。
経験値の一件だと気づくまでにちょっとだけ時間がかかった。