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332.巫女・サクヤ

 この日は転送部屋を使わず、街に出てテルルを目指した。


 最近生活に余裕が出来て、逆に転送部屋を使わない日が少しずつ増えた。


 俺はとうとう会社員時代一回も出来なかった事。オヤジから聞いた話。

 オヤジは昔から、家に帰ってくる時間がばらばらだった。

 サラリーマンになってからは残業続きだったんだな――って思ってたけど違った。


 とある正月に実家に帰った時こう言われた。


「毎日違う道で帰ってるからだ」


 といわれた。

 この世界の冒険者とはまったく違う考えだ。

 冒険者達はいかにルーティン化して、効率的にダンジョン周回するかって事を考えている。


 オヤジは違う。

 毎日違う道で帰ることで、毎日新鮮な気分を保ってたらしい。


 社畜時代はそれが理解できなかった。

 今はなんだか分かりそうで分からない。


 違う事、知らない事は分かった方がいいというのがこの世界に来てから分かったことで。

 だから俺は、違う形でテルルに出勤(、、)するのを確かめていた。


「……ああ、もっと早くやるべきだったのかもしれない」


 思えば、日常的な気分で昼間のテルルをゆっくり見たのは初めてかも知れない。


 屋敷を手に入れる前はしゃかりきでいっぱいいっぱいだったし、屋敷を手に入れてからは街に出るのは大抵が夜の酒場直行か、昼のダンジョン協会直行かのどっちかだ。

 こうして、昼間の街を眺めたことはほとんどない。


 だから新鮮だった。

 見慣れてる街がまったく違って見えて新鮮だった。


 こんな事ならもっと早く――


「どいたどいた」

「道を空けてくれ!」


 街の賑やかさは突如、切羽詰まった声に上書きされた。


 遠くから二人の男がタンカで誰かを運んでいる。

 タンカからは今も血が滴っていて、かなりの重傷者なのが分かる。


「けが人だ! 道を――」

「この人どうしたんだ?」


 気がつけば俺はタンカに並走していた。

 タンカで運ばれてるけが人を見る。


 若い女だ、薄く半分透けている様な巫女服をきている女。


「ダンジョンで大けがした、治癒師の所に運ぶ途中だ」

「ダンジョンでか」


 もう一度見る、確かにモンスターによる攻撃と思しきケガだ。


「お母さん、あのお姉ちゃんがケガしてる」

「そうだよ。お姉ちゃんは危険を冒して私達にご飯を届けてるんだよ。だから好き嫌いもお残しもしちゃだめ」

「ピーマンも?」

「残したらお姉ちゃんが悲しむよ」

「うん……わかった」


 通行人の母親がけが人をダシに子供の教育をしていた。


 俺は並走しつつ、銃を抜いた。


「何をする」

「一刻を争う大けがだ、おれに任せろ」

「何を――」

「やめろ、リョータ・サトウだ」

「え? あの!?」


 タンカで運ぶ相棒に言われて、俺を止めようとした男がびっくりして止まった。

 タンカが止まって、俺は女に無限回復弾を撃ち込んだ。

 相当のケガで、回復弾を二発必要だった。


「あれ……」


 女が体を起こす、男達がゆっくりタンカを地面に下ろした。


「すげえな、一瞬でなおっちまったぞ」

「そりゃおまえ、あのリョータ・サトウだぜ」


 タンカの二人組が目を丸くしている中、俺は女に聞いた。


「もう大丈夫か? まだどっか痛いところは?」

「ないけど……どうして」

「通り掛かっただけだ。無事で良かった」


 ダンジョンで負傷したというよくある話だし、そのケガももう治った。

 これ以上する事はない。


「それじゃ」

「あっ、ありがとう!」


 お礼を言ってくる巫女姿の女に、俺は微笑み返して、そのまま立ち去って、予定の通りテルルに向かった。


 なるほど、たまには違うルートで出勤するのもイイかもしれない。


     ☆


 夜、サロンの中。

 次々に帰宅してきた仲間達と世間話で盛り上がっていると。


「ヨーダさん、お客さんなのです」

「セルか?」


 サロンに入って来たエミリーに聞き返した。

 また何か面倒ごとか、と思ったのだが。


「違うです、初めてのお客さんなのです」

「初めての?」

「女の人なのです」


 ガタッ。


 離れた所から声が聞こえてきて、振り向いたら雑談中のセレストとエルザが同時に椅子から転げ落ちていた。


「どうした、大丈夫か?」

「え、ええ、大丈夫よ」

「はい、大丈夫です」

「そうか、気をつけてな」


 二人にそう言いながら、俺は立ち上がってエミリーの方を向いた。


「ここ皆いるし、応接間空いてるかな」

「もう案内してるです」

「さすがだ」


 俺はサロンを出て、エミリーが客を通した応接間に向かった。


 廊下を歩いて向かったが、途中気配を感じて、立ち止まって振り向いた。


 さっ、と曲がり角の向こうに引っ込む二人がみえた。

 仲間の顔は一瞬見れば分かる、セレストとエルザだ。


「どうしたんだ二人とも。もしかして来た人二人の知りあいか?」


 その可能性を思いついて聞いてみた。

 仲間経由で事件が舞い込んできたのも一度や二度じゃない。


 セレストとエルザが「来たか……」的な事で反応したとしても驚かない。


「にゃ、にゃあ……」

「はあ?」

「こ、こ、こけこっこー」

「いやいやいや」


 曲がり角の向こうから二人のものまねが聞こえてきた。

 まるで四コマ漫画かコントの様な展開。

 気にはなるが、締め上げるしかないけどそうする訳にもいかないので、とりあえずほっといて応接間に向かった。


「お待たせ――おっ?」


 中に入ると、見た顔がそこにいた。


 黒い髪に黒い瞳、そして薄手の巫女服。


「あんた、今朝の……」

「サクヤって言います。あの時はありがとうございました」

「うん」


 俺は頷き、サクヤの向かいに座った。

 そう、今朝俺が遭遇して、その場でケガを治した巫女娘だ。


「体はもう大丈夫か」

「はい、もう全然。普段よりも調子がいいくらいです」

「そうか。その名前と格好、東の国の出身か?」


 これまで、会話の中で何回か聞いた事のある東の国。

 東方の呪術師とかそういうのがたまに話題に出ることがある。


 それを思い出して聞くと、サクヤは即頷いた。


「はい、そうです。サクヤ・コノエって言います」

「結構仰々しいな」

「え?」

「いやこっちの話だ。というかサクヤ……どっかで聞いた名前だな」


 もちろん元の世界じゃない、こっちでだ。


「なあセレスト、なんか知らない?」


 ドアに向かって聞くと、またガタッ! って物音がした。

 やっぱりドアの向こうまでついてきてたのか。


 ドアの向こうでゴホンと咳払いがして、ドアが閉じたまま答えが返ってきた。


「サクヤ・コノエ。サルファクイーンと呼ばれるシクロで十本の指に入る有名人よ」

「サルファって、あのサルファか」


 サクヤの方を向く、彼女は小さく頷いた。


 サルファダンジョン、何人で入っても分断されてソロでの攻略を強いられる上、入るたびにレベル1からやり直しを強要されるダンジョンだ。


 レベルがリセットされるのはダンジョンの中だけ、外に出れば元に戻る。

 それでも常にレベル1からやり直しをするのは危険が伴う。


「そのサルファの精霊付きか?」

「ううん、皆よりサルファでの稼ぎがおおいだけです」

「なるほど」

「サルファが……良かったんです」


 サクヤはそう言いつつうつむいてしまった。


「どうしたんだ?」

「これをみて下さい」


 サクヤはそう言って、二枚の紙をおれの前に、テーブルの上に差し出した。


―――1/2―――

レベル:66/66

HP E

MP F

力  E

体力 E

知性 F

精神 F

速さ F

器用 E

運  F

―――――――――


―――1/2―――

レベル:66/66

HP A

MP F

力  B

体力 F

知性 F

精神 F

速さ A

器用 B

運  F

―――――――――


 それぞれ違うステータスだった。


 共通点はレベルが同じだという事。


「これが……?」


 意味が分からなくて、サクヤに聞き返した。


「こっちの低いのが今の私です」

「ふむ」

「こっちが、サルファでたまに見る私です」

「……まさか」


 俺は両方を見比べた。

 同じレベルの違う能力。


 ノックがして、エミリーが入って来た。


「エミリー……」

「はいです?」


 そうだ、エミリーだ。

 今のエミリーの逆だ。


「レベルあげで全部最低値を引いたのか……」


 サクヤは沈痛な顔でうなずいた。

 サルファクイーン、それはきっと、「本当の自分」に会いたくて通っていたらいつの間にかついた、切なさ全開の名前。


 そして、大けがをしてまでサルファにこもり続けた彼女は。


「あなたの事探してたらレベルダウンの話を聞きました! どうか私を助けてください!」


 サクヤはソファーから飛び降りて俺に土下座をしてきた。

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